ドアを閉めると、刑事の車は静かに走り去る。
 校舎に戻りかけたところで、ものすごい音がなり始めた。学校のシャトルバス…… おんぼろマイクロバスのエンジン音だった。
 おじいさんは満足そうな顔をして、大きな手袋で額を拭っていた。
 多分、修理が上手く行ったんだろう。
 私が教室に戻ると、まだホームルームをやっていた。
「こら、白井。遅れて入っていくる時は一言声をかけ、遠慮気味に入ってくるもんだぞ」
「すみません」
 いや、やっていると思ったから、後ろの引き戸をそっと開けたのだが、どうもそれだけではダメだったらしい。
「ということで、また木更津マミがいない時になってしまったが、転校生を紹介する」
「……えっ、教室の外にも、誰もいませんでしたが」
「ああ、そうだ。実はまだ来ていない」
「……」
 クラスの雰囲気が淀んだように変わってしまった。
「いない転校生の紹介って……」
「来てから紹介すればよくね?」
「先生、一応聞きたいんですが、男ですか女ですか」
「えっ、ああ、そうだ」
 教室の扉が叩かれる音がした。
「おっと、転校生が到着したようだから、そのまま紹介してしまうな」
「おぉー」
 本当に数日おきに転校生がやってくる時があって、皆はもう慣れっこになっていると思っていた。けれどやはり転校生は特別なのだ、と思って教室を眺めていた。
 小声でささやき合う内容が、急に明るい感じ変わった。
 担任の佐藤が扉を開けて出ていき、何やら小声で話していた。
 急に佐藤の驚いたような声が響き、教室がその会話を聞こうと、しん、となった。
『届け出の名前と違う? 事前にあった写真とも違う感じがするけど……』
 佐藤の声だけが教室に入ってくるような気がする。
『あ、すすまん。失礼した。しかし、名前が…… え、家庭の事情って言えば何でも通る』
 少し扉ごしに見える担任は、なにかジェスチャーをして訴えていた。
『校長! はい。わかりました』
 校長が多分何か言ったのだろう、と予測はつくが、教室の外の会話は殆ど聞き取れなかった。
 佐藤が困惑した表情で教室に戻ってきた。
「転校生を紹介します」
 扉の方に手招きをした。
「自己紹介して」
「館山ミハルです」
 私はそのミハルという転校生が頭にしていたカチューシャに動揺してしまった。
 赤黒でラインが入ったそのデザイン。
 黒髪ボブヘアにそのカチューシャをしていた。
 まさかマミを操ったものと同じもの?
 だとしたら、こっちの様子を探るために送り込まれたのかもしれない。鬼塚刑事が狙われていると言っていた。もしかすると……
 担任の佐藤は少し間をおいて言った。
「もっと何かないの? もう少し話し出来ない?」
「……」
 ミハルは無言で首を振った。
「まあ、いいか。クラスのメンバーからの質問に答えてくれるかな」
 転校生は佐藤が見ていないのに、首を振った。
 答えないという意思表示だった。
 佐藤はそれに気付かず、そのまま質問するクラスメイトを指名した。
 持っていたタブレットがフラッシュした者が立ち上がって質問した。「どんなタイプの男子が好みですか?」ミハルは首を振った。
「え? なんて?」
 佐藤が意地悪く聞き直すが、ミハルは「答える義務はありません」と答えた。
 次の質問者は「趣味はなんですか」と問うが、同じように首を振った。担任はもうそれ以上何も言わなかった。「最後」とだけ言って、次の質問者を指名した。
「部活は……」
 言いかけた段階で首を振った。
 指名された男子は白けたように問いかけるのをやめ、ムッとしてそのまま席に座った。
 最悪の転校生紹介だった。
「席なんだが」
 佐藤は、珍しく言いづらそうに咳払いをした。
「奥机にするんだが、そこだと一人になってしまうだろ。転校生だから色々、隣の人に手伝って欲しいんだ。だから、その役を……」
 タブレットがフラッシュした。
「白井公子、君が座ってくれないか」
 転校生の指導の為だって?
 そんなことで席を変えた試しなんてなかったのに、教室に入ってくるやり取りといい、例のカチューシャといい、何かがこの娘(こ)にはある。