私はバッグとタブレットを持って席を移動した。
 ミハルも無言のままやってきて、指定された席に座った。
「よろしくね。私の名前」
 言いかけると、手をこちらに向けた。
「白井公子でしょ。話しを聞いてればわかるわ」
「学校のことで、分からないことがあったら何でも聞いてね」
 完全に正面を見ていて、話しかけている私の顔など見向きもしない。
「館山さん。なんて呼んだらいい? 前の学校でなんて呼ばれてた?」
「……」
 やはり見向きもしない。
「私のことはキミコ、でいいよ。ミハルって呼んでもいいかな?」
 何人か、クラスの連中は奇異な目でこっちを振り返った。確かに私はわざとやっている。
「ミハルのそのカチューシャ格好いいね。どこで買ったの?」
 まだ無視している。
「ミハルはボブヘア似合うね。ここらへんは髪切るところ遠いから、寮に床屋さんが来るから、やってもらうといいよ。学割価格だし、結構上手なん……」
「(ウルサイ)」
 小さな声だったが、はっきりと分かるようにそういった。それでもこちらは向かなかった。
 クラスの人は合えてこちらを振り返らなかった。自分の声がしなくなったせいで、教室は静かになってしまった。
 担当教員が入ってきて、授業が始まり次の休憩時間にはクラスの雰囲気は元に戻っていたが、私とミハルの間は会話も視線のやりとりもなかった。
 自分でもなぜこんなに突っかかったのか、よくわからなかった。隣に座って面倒をみろ、と言われたのをこなしたかったのか、最初にこっちの名前を喋らせないような意地悪の仕返しだったのか。妙ににているカチューシャがひっかかって、何か探りを入れたかったのか。
 もう自分がどういう気持ちでミハルを怒らせたのかわけがわからなかった。
 だから、その後の時間もずっと黙っていた。
 昼の食事時になると、ミハルは机に突っ伏して寝てしまった。
 無視し続けようと思っていた気持ちが、少し動揺した。
「ミハル? お弁当とか買いに」
 そのまま机の上で横を向き、睨み、言った。
「いらない」
 そして再び腕に顔をのせて突っ伏してしまった。
 苛立ちというか怒りに近い感情が湧き上がってきたが、肩を叩かれて少し気持ちを抑えることができた。
「公子、一緒に買いに行こう」
「うん」
 購買で食事を買って、教室に戻って食事をとった。あいかわらずミハルは机で寝ている。寝ているのか、単に顔を伏せているのかは見えないから分からなかったが、殆ど動いていない様子から寝ているのだ、と勝手に思った。
 寮でも顔を合わせなければならない、と思うと少し憂鬱な気分になった。けれど、たぶん、ミハル側はそんな想像はしていないのだ、とも思った。寮生活になれてくると意識し始める話だから、転校したばかりでは気付きもしないだろう。週末は家に帰る人もいるが、学校の連中と、少なくとも週に5、6日、四六時中顔を合わせていなければならない。親とかよりも濃密な時間を過ごさなければならないのだ。
 そんな風にミハルを見ていると、神代(こうじろ)さんが言った。
「マミは大丈夫なのかな」
「うん。刑事さんに聞いたんだけど、大丈夫だよ。今日退院するし。ね、神代さんも、一緒に迎えに行かない?」
「ああ、そうだね。私もいく」
 私はミハルの方に近づいて、肩を叩いた。
「……」
 顔をあげ、ムッとした表情でこちらを睨んでくる。
「聞いてたかわからないけど、ミハルは一人で寮に戻ってね。私は神代さんとマミを迎えにいくから」
「……」
 反応がないので、神代さんの方へ戻ろうとすると、袖を引かれた。
「?」
「寮の帰り方」
「?」
 何を言っているのか意味が分からなかった。
「りょう、の、かえり、かた。おしえて」
 マジか。
 教室全体が、ざわついた感じがした。
 私は神代さんの方へ振り返って、にっこり笑って親指を立てた。そして、もう一度真顔になってミハルの方を振り返ると、パッドを使って丁寧にバスを使う帰り方、徒歩での帰り方を教えた。
「マミを迎えに行く前に、私と一緒に寮に帰ろうか?」
「いや、いい。今の説明で分かった」
 そう言ってまた突っ伏してしまった。
「(意外に良い奴なのかも)」
 神代が言った。
 そうなのかもしれない。
 けれど、本質的には他人と関わりたくないのだ。けれど、どうしようもないから、私に寮の帰り方だけ聞いた。そんな感じだった。