放課後、不安げなミハルにもう一度寮の帰り方をレクチャーし、一番簡単なのは送迎バスにのることだ、として、窓の外のバスを指差した。ミハルは小さな声で「ありがとう」と言って、去って言った。それをみていた神代さんがクスっと笑った。
 病院につくと、みなれた車が止まっていた。
 受付をして中に入っていくと、大きな男が病室から出てきた。
 神代さんはびっくりして私の腕につかまってきた。
「鬼塚刑事、いつから来てたんですか」
「木更津さんが面会出来る時間になった時だから、三十分ぐらいまえかな」
 鬼塚刑事が声を出すと、周りにいた看護師さんたちは避けるように首をすくめた。神代さんも私の後ろに隠れるように周りこむ。
 客観的にみれば、別に大きい声ではない。
「マミの病室はそこですか?」
「ああ、手前左だ。そこで手を消毒してからはいるんだぞ」
 私達は鬼塚のいう通りに廊下で手を消毒してから病室に入った。マミは横になって目を閉じていた。
 私がベッド横に近づくと、急に起きて抱きついてきた。
 思わぬ出来事に、抱き返すことも出来ず、棒立ちになってしまった。
「マ、マミ、急に抱きついたりして、どうしたの?」
「あっ、神代さん……も来てくれたの……」
「……はは。体調はいかが?」
「すっかり良くなった」
 神代さんは引き気味だった。
 いや、そんな変じゃないだろう。女の子同士、抱きついたって、別に普通だ。私の頭の中で想像したことはちょっとアブノーマルかもしれないが……
「良かったよ。もう退院できるんでしょ?」
「うん。今手続きしてくれている」
「それより、さっきの大男っ。何を聞いてたの?」
 神代さんが私が気になっていたことを先に聞いてしまった。
「昨日の事件のこと」
「えっ、で、何話したの?」
 まだ私の首に腕を掛けたままだった。
「それよりあなた達いつまでそんなことしているの?」
「えっ?」
 マミは腕を離した。
「サーバーラックから出てきたことを話しただけだよ。業者が勝手に扉をつけてしまったこととか、そこから〈転送者〉が出たとか」
「何それ。昨日の事件って、また〈転送者〉が出たの?」
 神代さんは呆れたようだった。
「神代さん、クラスの皆は知らないの?」
「事件に巻き込まれたんだろう、ぐらいのことは分かるけど、〈転送者〉が出たとか、そういう具体的なことは一切話されてないよ」
「……」
 マミはその言ってよかったのかを考え直しているようだった。
「あっ、キミコ、これなんだか知ってる?」
 マミが枕元においてあったバッグから帽子を取り出した。白い部分にピンク色で文字が書いてある、黒のキャップだった。
「あっ」
 私はマミに被せたままにしていたことを、今になって思い出した。
「あったね〜 だいぶ前に流行ったヤツ」
「そうなの?」
 マミは神代さんに尋ねた。
「何で流行ったの?」
「テレビだったかな〜 忘れたけど、私も持ってたもん。懐かしいな。思い出すよ小学校の頃のこと」
 そう、小学校の頃の話だ。
 あの空港で……
「マミ、そう言えば転校生がきたよ。なんかよく分からない、ムッとした女の子。キミコが面倒みてたけど、とにかく関わるなって感じでさ」
「へぇ、写真とかないの?」
「もう名簿に入っているんじゃないかな」
 神代がタブレットでアクセスしている。
「ほら、この娘(こ)」
 神代がマミの前にタブレットを置いた。
 黒髪ボブに赤黒のラインのカチューシャ。ムッとしたような表情。まるで今日撮ったかのような写真だった。
「へぇ」
「あれ、頭にカチューシャしてるけど」
「?」
「名簿用の写真って、入学前に撮らなかった?」
「いや、それもあるけど。カチューシャだよ、カチューシャ」
「神代さん、何? 意味が分からない」
 マミがそう言った。
「アクセサリとかしたまま写真を撮っちゃだめなはずなの」