体がフワフワと軽くなったように宙に浮き、上昇しながらぶつかりそうになる電線をかわす。
 電柱より高く上り、その電線越しに学校を見下ろしていた。
 見たことのあるような、それでいて知らないような風景が入り交じって見える。
 これは『リアル』ではないのだ、と真琴は思った。
 ヒカリと対話するための世界。…夢。
 ここは真琴がみている夢の中だった。
『さっき、のことだけど』
 ヒカリの姿は見えなかったが、真琴は話を切り出した。
『おそらく』
 クルクルと円を描きながら真琴の前に現われた光は、消えたり、時に見えないほど眩しく光ったりしながら言った。
『品川さんは、ボクらと同じだね。問題は、あっちはボクのような【異物】ではなく、エントーシアンだということ』
 言葉を発していた光が消えると、そこから真琴とよく似た顔の少女がふっと現われ、言った。違うのは、その娘の髪の色が緑色であることだった。
 品川のひたいを触った時に感じた頭痛で、なんとなく予感していたことが真実となったのだ。
『エントーシアン』
 真琴は噛みしめるようにその言葉を繰り返した。
『やっぱりボクの予想通り、この地域で現れた。そして同じような年代を利用している』
『そういえば理論上は物理的距離は関係ないって言ってたじゃない』
『ボクらは距離は関係なく届くが、受け手側(人間)の問題もある。まだ判っていない何かがここと、君らの年代に偏在しているのかも』
『品川さんはどうなるの』
『何度も言ってたんだから覚えてない訳ないよね。キミはボクに言わせたいの??あのままだと、品川さんは…』
 ヒカリは真琴の顔をじっと見てから言った。
『気が狂うか、人格を乗っとられる』
『…ボク達のようになる可能性はないの』
『ない』
 冷酷な言葉だった。
『そんな…何か助かる方法はないの?黙ってみてる訳にはいかない!』
『敵に接触することは出来る。助けられるかどうかは、マコトの力による。負けたら品川とマコトがどうなるか保証出来ない』
『え?』
 助けられる、という希望と、それが自分の力しだいだ、ということに困惑した。自分しか助けられないけど、失敗したら品川さんも自分も…
『ヒカリも、ボクも、消滅する、ってこと?』
『以前から話していたことが、今になって起こった。ここで食い止めないと。本体が転移してくる状況になったら地球上の精神がすべて入れ替わってしまう』
 ボクに出来るのだろうか。特に取り柄もない普通人なのに。
 気が付かない方が楽だったのか、と真琴は思った。世界がゾンビになっても自分一人が人間でいるよりは、サクっとゾンビになっていた方が楽だったかも。
『でも、ボクがやらないと』
 これは端的に言えば、異次元からの精神侵略だった。
『侵略されてしまう』
 真琴の中にヒカリが存在するという事実も、精神侵略と同じ事態ではあったが、ヒカリに乗っ取る意思がなく、真琴の精神自体も消滅していないので、間借りさせている、という状況なだけだった。
 もし、品川のように異次元からの精神体が乗っ取りを行っている場合、やがて品川の意識は全くなくなり、別の精神体になってしまう。体は死んでいないので、外見からはなにも判らない。
『とにかく、品川さんが乗っとられてからでは何もかも遅い』
 異次元の精神体は、鍵となる精神に入り込み、乗っ取り、そして『次の肉体』に鍵穴をつくる。『仲間の精神体』を呼び込むのである。次の肉体に鍵穴を開けるには個体の接触が必要であり、これを殲滅することが侵略を止めることとなる。
『でも、何でボクや品川さんに入りこめるの?』
 未だに不明な謎もあった。それは『最初の精神』に入り込む為の鍵穴が『肉体的接触なしに』存在しているのかが不明なのだ。真琴になぜヒカリが入り込めたのか、という謎。そして同様に品川さんに入り込んだ異次元精神はどう言う手段で行ったのか、ということである。
『こうして事実としては入りこんでいるんだけど…良くは判らない』
『良く判らない、って…少しは判るの?』
『特定の脳細胞パターンが、アンテナのような役割をするんじゃないか、と推測している』
 こういった侵略だ、鍵穴だ、という恐しい話は、すべてヒカリが語ったことだが、真琴はそれなりに疑いつつ、それなりに信用していた。ひとつは同じような話を他の人から聞かないことが理由であり、それでもなお真琴が自身はいつまでたっても乗っ取られないことがもう一つの理由だった。しかし、この状態となっては、ヒカリを信用するしかなかった。負けると判っていても、負けたら本当に精神侵略されてしまうとしても、戦わざるを得なかった。
 鍵穴をもつ人物が複数になってしまうと、ネズミ算的に敵が増えてしまう。ヒカリと真琴のような関係が同じような状況になれば対抗出来るかも判らないが、敵だけが一方的に増えてしまえば、どうしようもない。
『とにかく戦う。そして絶対に勝つ』
『そうね。やりましょう』
 ヒカリはそう答えた。
 真琴は、うなずくと、
『目を覚ましましょう』
 と言った。ヒカリは、スっと姿を消した。
 映像のようだった風景はぼやけながら消えていった。