上条くんが真剣な眼差しで各員からの結果を集めて、私に向き直った。
「先生。全員で確認を行いました。問題なしです」
 私はうなずいた。
 上条くんがハイタッチをしようとして、私はそれに応えた。
「ありがとう」
 実験室内に拍手の音が響いた。
「まだ続きがあるよ、慎重に」
 上条くんがそう言った。
「そうね。もう少しだから、皆、頑張りましょう」
 椅子を戻して、実験に戻った。
 超高速のコンピュータ。
 超高速の光通信。
 端反射しない半導体回路。
 この実験はそういった技術のベースになる。
 私は言った。
「250倍へ」
 上条くんが指示する。
「クロック上げてください」
 画面表示の波形が更に細かくなる。
 細かくなった分、綺麗な波を描かず、少し歪みがかかる。
「!」
 ファイバの中に水晶構造が入っている。
 ガラスのファイバではなく、水晶ファイバというべきだ。
「こんなに歪みが……」
「大丈夫です。想定よりは少ないです」
「上条くん、想定ってどれくらい」
「あと1〜2%は歪むかな、と思っていました」
「1〜2%ですって? そんなに? もしかして、私の計算が間違っていた?」
 上条くんは首を振った。
「納品時にファイバをチェックした時に、注文よりも質が悪かったんです。もう時間的に間に合わなかったので」
「それ、早く言って」
「結果は変わらないと思ったもので」
「けど、出力は高めに設定したままなのよ? ファイバフューズが起こったら……」
「質が悪くてもファイバフューズが起こらないのが先生の理論です。もっと自信を持ってください」
 確かに、ケーブルの質が悪くとも、水晶構造が信号のガス抜きをしてくれる予定だった。端反射も同時に軽減し、ファイバフューズがなくなる、という想定だった。
 だから、質がわるくとも成功しないと、理論が間違っていることになってしまう。
 質を高めるとケーブルが高価になってしまい、長距離に使えない。長距離ほど高速な通信がひつようなのにも関わらず、だ。
「ま、まあ、そうなのだけれど」
「言わなかったことは申し訳ありません。けれど実験の結果には影響ありませんよ」
「……」
 もうこの実験の40〜50%は上条くんのものでもある。アイディアは私のものかもしれないが、メーカーへの発注から現実化する為の調整や打ち合わせの類は殆ど上条くんに任せてしまった。
 確かに結果としてうまく行けば問題ない。
 私は決断した。
「安定した計測ができたら、そのままの状態から275倍へ移行してください。ノイズとファイバの温度については目視でもしっかり監視して」
 口頭で指示が出来ない部署には、杏美ちゃんと上条くんがそれぞれタブレットで指示を出してくれた。
「坂井先生、275倍に達しました」
「やっぱり厳しいわね。けど、これなら……」
 上条くんはうなずいた。
 イケる。これなら目標の300倍でも全く問題ないだろう。
 これが終われば、所長に報告出来る。
 長年書き上げてきた水晶の論文が出来るのだ。
「せ、先生、ちょっと来てください」
「杏美ちゃん?」
 私は慌てて近寄ると、杏美ちゃんはタブレットの画面を指差した。
「これ計測器側の問題でしょうか?」
「……ちょっと見てきます」
「実験は……」
「そのまま監視を続けて。275倍をキープしてください」
 私はそう言うと、杏美の指摘した計測器へ走った。
 とりあえず計測器をリセットして……
 けれど、それで治らなければ?
 不安定な機器のリセットは、機器を壊してしまう可能性もあり、非常に不安だった。
「大丈夫ですよ。リセットしましょう」
「か、上条くん。勝手に持ち場を離れない」
「怖かったら、ボクがやりますから、戻っていてください」