「……君の勝ちだ」
 音声の出処は、航空会社のカウンター近くの、受付機だった。
 画面が光っている。
「メモリは、ここだ」
 受付機のトレイに灯りがついた。
 そこには黒いメモリカードが見えた。
 やった。
 私の記憶。
 これで私の中で失われた某システムダウンの記憶が取り戻せる。
 メモリを吹き飛ばさないよう、距離をとって着地し、翼を体に格納した。
 トレイに手をいれると、メモリカードに触れた。
 そのまま手のひらに握り込むと、トレイから手を上げた。
 微かに差し込む突きの光りにかざしてメモリを確認すると、手帳ポケットにハサミ込んでしまった。元はオートドアがあっただろう場所を見つけると、小走りに走りでて、折れ曲がったバス乗り場の案内図の横を通り抜けた。
 バスやタクシーが並ぶ通路を走って助走をつけ、背中の翼を広げると、一気に上昇した。
 空から空港施設を見下ろすと、自分が飛行機内にいるような錯覚が何度も襲ってきた。
 実際にこんなに長時間自分の力を使い続けたことはなかった。
 疲れがどっと襲ってきて、意識して羽ばたかないと落下しそうだった。
 疲れのせいか、鬼塚からの精神感応も今は感じない。
 とにかく最短距離を飛ぼう。
 記憶をたぐりながら寮のある方向へ飛んでいく。
 闇をずっと飛んでいくと、見覚えのある形の灯りが見えてきた。
 〈鳥の巣〉の壁を超える為に、また少し頑張って羽ばたくと、カメラの間を抜けて、飛び立った場所に降り立った。
 疲れからか、眠気が襲ってきていた。
 苦しい感じがするので、何も考えずにその場で、寮監から借りたヘルメットを脱いだ。
 脱いだ瞬間、男子寮の窓に、動く人影を見つけた。
 見られた?
 まったく工夫もなく〈鳥の巣〉の壁を抜け一直線にここに降り立ったこと、脱がなくて良いところでヘルメットを外したこと後悔した。
 そのまま走って女子寮の裏側に回って、センサーを回避した。
 寮内に入ると、ヘルメットを管理室に戻して、自分の部屋を目指した。
 廊下で寮生と出会うこともなく、自分の部屋に来ると、扉から光りが漏れていた。
 時間を確認すると、とっくに消灯時間を過ぎていた。
 マミが起きているのだろうか。
「ただいま」
 小さな声でそう言って、部屋に入ると、誰も机にいなかった。
 ミハルは奥のベッドで寝ていた。
 マミの姿は見えない。
 扉を閉めて少し中に入ると、マミが私のベッドで寝ているのに気がついた。
「部屋の灯りを消さずにねちゃったのね」
 自分を待っていてくれたのだろうか、そう考えて二人に感謝した。
「もう少しだけ灯りをつけさせてね」
 手帳を取り出し、メモリを取り出した。
 学校のタブレットにメモリを差し込んで、仲のファイルを確かめた。
 これだ。
 確かに映像が入っていた。
「……」
 どれだけ待ち望んだのか、どうしても知りたかったことがここにある。
 それなのに再生するのをためらう。
 何故だか理解出来ない。
 これを見たら、失った記憶が戻ってくる、ただそれだけのはずなのに、再生をすることに恐怖を感じている。何か知ってはいけないこと、と錯覚してしまっているのかもしれない。
 迷っている内、タブレットがスリープに入り、暗くなると鏡のように自分が映る。
「!」
 出かかった声を手で抑えた。
「何時でも…… いつでも見れるよね」
 いや、でも。今見なければ。
 タブレットを付けて、ナビゲーションバーを右にスライドさせる。
 スライドに合わせて、目まぐるしく画像が入れ変わる。
「?」
 父が映っている。


 父が私の腕を取る。
 大きく口を開いて、何か叫んでいるツインテールの私。
 壊れたコンクリートのかけら。
 むき出しなった鉄筋。
 血だらけの廊下。
 人の代わりに〈転送者〉が通路を闊歩するようになっている。
 映像が何度か切り替わると、母の死体を前に泣き叫ぶツインテール。


「お母さん……」
 タブレットの画面に、涙がついて映像が歪む。
 これは、やはり見てはいけない。
 もう…… 寝よう。