薫と真琴は、普段なら駅まで歩いて電車を使って帰るのだが、薫がなにやら話があるから車で帰ろう、と言いだした。真琴も品川さんの事を話したかったので、薫の提案にしたがうことにした。
 薫は、何やら色々と家に電話して、ひとしきりその会話が終わって、スマフォをしまった。そして、
「ちょっと考えても、ある程度の時間品川さんと真琴が一緒にいなければならない、というのは普通のシチュエーションでは無理よね」
 と、腕を組んで考え込むように言った。
「確かに、無理やり一緒になるってかなり不自然だね」
「明日は学校に来ない確率が高いから、実行するとしたら明後日ね」
「けど学校でそんな状況作れる? 皆いるもん。二人しかいないクラブとか部活ならともかく」
「今日と同じような、具合が悪くなる、っていうのが一番自然だわ」
 薫は、『自分も何度かやったことあるけど』と頭に浮かんでいたが、言わなかった。自分の思いを真琴が受け入れてくれるのかどうかは長い付き合いの中で知っている。
「かつ放課後ではなく、授業中がベスト」
「そうだね。品川さんとボクって、それくらいしか接点なさそうだよね」
「都合良く『時間を調整して』具合が悪くなる方法が必要ね。救急車が呼ばれないように、かつ、狙った時間内で。なんかそんな薬なかたかしら」
「ちょっとまってよ、そんな事しないでよ。捕まっちゃうよ!」
「この際手段は選んでおれないかと」
「よく考えて。捕まっちゃ、次に鍵穴が現れた時に何も出来なくなるよ。法律を守って行動しないと」
「一応、捕まらないよう細工を… やっぱり、やめておきましょう」
 薫の携帯が震える音がした。パパっ指を滑らせ、内容を確認してから言った。
「メラニーが着いたみたい。行きましょう」
 二人は駐車場がある、学校の裏門のへ向かった。


 黒いガソリンエンジンの高級車が、静かに東堂本高校の裏門側に入った。
 ゲスト用の駐車域に車が止まると、運転席のドアが開き、黒いスーツに白のブラウスを着た褐色の肌の女性が出てきた。その女性は薫の家で仕事をしているメラニー・フェアファクスだった。
 メラニーは薫の家の養育係である。
 薫の父は一年の殆どを海外で暮らしており、日本に来ても殆ど薫と顔を合わすことはない。日本にいる時は、都心のマンションにいる母親の方に行っているようだ。と言っても別に娘に無関心という訳ではなく、単純に時間がないのだ。電話やアプリで頻繁に会話するし、月に一度くらいのペースで送られてくる薫へのプレゼントも的を射たものばかりで、逆に相当娘に関心があるように思えるほどだ。薫の母も父と同様に多忙な日々を過ごしている為、やはり薫の暮らしている家まで来ることは希だった。
「薫様、真琴様、どうぞ」
 メラニーが車のドアを開け、二人を車に案内する。
 楽器の練習をしている吹奏楽部の何人かが、興味深げに二人をみていた。
「ボクに様付けしなくて良いよ、メラニー」
 車に乗り込むと真琴は言った。
「そう言う訳にはまいりません」
 扉を閉じるて、運転席に回って車に乗り込んだ。
「周りの目、ってものがあるしね、真琴。久しぶり」
 後ろを向いたメラニーは、車をバックさせながらそう言って笑った。
 薫はちょっとだけ、羨ましい、と思った。
 車は学校内を少し控えめな速度で走りだした。下校の時間はとっくに過ぎていたので、余り帰る生徒はいなかったが、運動部の連中がランニングしながら車内を覗き込んだりした。
「見えてるのかな?」
 真琴は外を見ながら言った。
「試したことあるけど、日中なら外から見えないわ」
「ふーん」
 すると車のガラス窓を叩いてくる女生徒がいた。周りの連中からすると陸上部のようだった。
「開けて、薫さんでしょう? 開けて?」
「どうする?」
「真琴、開けてみて」
 真琴側の窓を開けると、陸上部の同級生が、
「品川さんの様子教えて?」
「メラニー車を止めて」
「保健の先生に聞いた話ですけど。頭痛が酷いようで、今日は新田さんのお母さんの車で帰りましたわ。明日はお医者さんに行くそうです」
「そう、明日も休むってことね」
「詳しいことは判りません。医者の診断によっては途中から学校にくるかも知れませんし、部活は無理かも知れませんが…」
「ありがと。呼び止めてしまってごめんなさい」
「いいえ、聞き伝えなので本当の状況が分からなくてごめんなさい。それでは失礼します」
 真琴は手を振って、陸上部の子に言った。
「じゃあね」
「さようなら」
 と言い、薫は窓を閉め、
「メラニー、行きましょう」
 ルームミラー越しにそう指示すると、車は静かに加速を始めた。