小さな庭のある一軒家の前についた。車から降りると、家事使用人のフランシーヌが出迎えてくれた。薫の家だった。
 彼女は両親から言われ、都心のマンションから通学可能な小中高一貫教育の学校に通わさせられるところだったのだが、薫が幼稚園で一緒になった真琴が気に入り、真琴と同じ小学校、中学校、高校と都度都度我が儘をいった。それに折れて、高校に入る際に、一軒家を購入し養育係のメラニーと暮らすことになった。家にはメラニーと家事使用人が二人同居していた。
 家事使用人としては一人が先ほど出迎えたフランシーヌで、もう一人がロズリーヌであった。昼と夜とで交代するが常に昼をフランシーヌが担当する訳ではなく、スケジュールがあって昼夜を交代している。
 メラニーは運転手兼教育係であり、実質的な母親の代わりだった。メラニーが車を車庫に入れる間に、二人は家へ入った。 
「真琴、こっちでちょっと待ってて」
 と小さな客間に通して、ドアを閉めた。
「フランシーヌ。部屋は片付けてくれた?」
「はい。ただ…」
「何、早く言いなさい」
「ポスターが剥がせず、そのままとなっております」
「!」
 薫はついこの前にやってしまった自分の行為に後悔した。
 部屋にそういうポスター類を貼り付けたりするのが好きではなかった。だが、先日、あまりに良く撮れた真琴の写真を見ている内に、耐え切れずに大伸ばしにして壁に貼ってしまったのだ。そのポスターに『決して触れるな!』と家事使用人達に言いつけていた。
「なによ! それならそうと連絡すべきだったんじゃない?」
「学校にいる時は緊急の場合を除く電話が禁止で、メールやメッセンジャーもこの…」
「そうだったわね」
 薫は、すべてを言われるまえに手で遮って言った。以前、ウザいという理由で、家人がメールやメッセンジャーを使って薫に連絡を取ることを禁じていた。ポスターに続き、これもなんとかしないと、と思った。
「じゃあ居間はどう?」
「居間は大丈夫です」
「よろしい」
 薫は学校からメラニーに電話し、迎えに来るのと同時に、部屋を片付けるように伝えていたのだが、結局、本人でないと片付けられない事態が発生したという訳だ。
 片付けが済んでいれば自分の部屋に通したかったが、そういう理由で居間に通すことにした。
「今からしばらく居間には入らないでね。私の部屋のポスターの件も真琴には言わないのよ。この2つ。居間に勝手に入ってこないことは、19:00で交代になるロズリーヌにはちゃんと伝えて」
「伝えたいのですが…」
「?」
「私が食事を用意する時間がありますので伝えるチャンスがもう余りありません。かと言って、今すぐ起こしてしまうと面倒ですし…どういたしましょう」
「う〜ん」
 ロズリーヌはちょっと問題メイドだった。かなり状況はまずかった。始めから起きていれば特に害はないのだが、とにかく寝起きの状態が最悪なのである。
「じゃ、メラニーと相談して」
「はい」
「なんとしても、しばらく二人にして」
 そう言い放つと、薫は客間の方へ行ってしまった。
「どうしよう」
 フランシーヌは、食事の用意と、裏口から帰ってくるだろうメラニーと相談する為に台所へ行った。
 肉に下味をつける為に、調味料に浸した肉を冷蔵庫に入れた頃、メラニーが勝手口から入ってきた。
「メラニー!!」
「?? どうしたの」
 事情が判ると、メラニーはとりあえず椅子に腰掛けた。
「こまったね。でも、今日は本当に交代する日だったっけ?」
 と言いながら冷蔵庫に貼ってある勤務表を指でなぞりながら確認する。
「…あ、本当だ。どうしよう」
 ロズリーヌの今までの行動から、十中八九、昼間中寝ている。ということは交代の為に目覚まし時計が鳴り、起きるときに暴れてしまう。
 いっそ、交代ギリギリの時間まで起きてこなければ良い。
 あるいは起きても居間や台所に出てこなければ…
「そうか、目覚まし時計をオフにして、鍵かけとけばいい」
 上手くいくかフランシーヌには分からなかったが、その考えにすがるしかなかった。ロズリーヌが騒ぎだしたら、業務に影響が出るのもそうなのだが、客人である真琴に迷惑がかかり、この家の最終兵器である薫が怒り始めてしまう。
 どっちも最悪だ。
「目覚ましが鳴らなければ起きないし、鍵か掛かっていれば出てこれない。確かに良い考えです」
 フランシーヌが夕食の準備をする為に、メラニーがロズリーヌの部屋の細工をした。
 手にもった目覚まし時計のスイッチをオフにするのと同時に、扉をロックした。
「とりあえずこれで安心か」
 メラニーは一息つこうと台所にコーヒーを飲みに戻った。