いや、本当に記憶を無くした人もいるかもしれないから、言い方を変えよう。
 |殆どの場合ウソだ(・・・・・・・・)
 確かに酷く飲んだ。
 しかし、記憶はある。
 寝ていたのを錯覚するなら、その分の記憶はない。当然だ。寝ていたのだから。
 覚醒している時間が長ければ、一晩中起きて飲んでいるなら…… それはそれで記憶が交錯するかもしれない。記憶の順番と、実際の出来事順番がズレるかもしれない。
 だから、記憶を無くした…… と錯覚するのだ。
 つまり、昨晩のことを私は記憶していた。
 杏美ちゃんにもたれかかった後、所長がタクシーを呼び止めた。
 杏美ちゃんは所長に言われるまま私をタクシーに入れると打ち上げに戻り、所長とタクシーは所長の自宅へと向った。
 お酒で気分は良くなっていたが、何をするのもだるかったし、自分の将来への不安から、所長に求められるまま、私はベッドの上で服を脱いでいた。
 酔っていない時にはしないだろう、と思うところに舌を入れていたし、自分で自分を慰めているところを梓に見せていた。なにしろ気持ち良かったし、何もかも忘れて夢中になっていた。
 そのままこの大きなベッドに朝まで裸で居たわけだ。
 いや、今が朝なのか、単純に時系列からの推測にすぎなかった。
 私はベッドのしたに散らばって落ちている自分の肌着を拾って身につけると、遥か昔の記憶をたどりながら、トイレを探した。
 座って用をたすと、今が朝と呼ぶには遅すぎることが分かった。
「上条くん……ごめん」
 急いで所長が寝ている部屋に戻り、バッグからタブレットを取り出した。
 約束の時間まで、後何分もないが、やらないよりはマシという感じに、ゆっくりと契約書類に目を通した。
 契約が頭に入ると、何点かの疑問が浮かんだ。
 その段階で、上条くんのメールをチェックすると、同じ疑問点を的確に問い合わせていることが分かった。
「さすが」
 XS証券からの回答も正にこちらの求めていた内容だった。
 ほぼこれで問題はない。
 後は金額…… これは今の段階では何も決まらない。
 私は急いで上条くんに返信を書き始めた。
 その時、スマフォが鳴った。
「ん……」
 画面もロクに確認せずに応答すると、上条くんだった。
『今、お電話よろしいですか?』
「ええ」
『契約書類は確認いただけましたでしょうか?』
「今……」
『今、返信メールを書いている、んですね? 大体わかります。このままでOKか、更になにか質問するかだけ教えてください』
「午後は用事があるだもんね。OKよ。このままで問題ないわ」
『わかりました。良かったです。休日にすみません。お騒がせしました。では明日、よろしくお願いします』
 上条くんはそう言って電話を切った。
「知世…… 仕事?」
 所長は完全に起きてしまったようだ。
「XS証券の契約の件です」
「そう。大丈夫だったでしょう?」
「ええ。明日、回答します」
 ベッドから頭だけを出した所長が、手招きをした。
「来て」
「……」
 昨晩は|酔っていた(・・・・・)のと、|怖くなっていた(・・・・・・・)ことが重なっていたせいで、体を交わしてしまったが…… お酒が抜けた今、所長の隣に行くのには勇気がいった。
 ゆっくりとベッドに寄って、中に入って近寄っていく。
 シーツの温もりが感じられ、眠気をさそう。
 さらに近づいていくと、所長自身の体温に触れた。
「おはよう」
 そう言って、所長は目を閉じて私に顔を向けた。
 私も目を閉じて…… 半ばヤケ気味だった…… 唇を重ねた。
 薄目を開けると、所長の年齢に反して若く張りのある肌が見えた。
 舌が絡み合っていくキスの感覚と、首に回してきた手、そのせいでくっつく肌と肌の感触で、私の中で意図しない欲情が起こっていた。その一方で理性が、このまましてしまうと所長の支配から逃れられなくなる、と警告していた。
「……」
 昨日のアレ、が最後。
 私はそう決めた。
「あん…… 冷たいのね」
「……」
「そうそう。XS証券の話もあるから、知世に言っておくことがあって」
 ベッドサイドにおいてあったタブレットを取り出す。