叡智だけではない。ありとあらゆる場所で撮影された画像、動画データ、正式、非公式、盗聴まで含めた音声データ。今はハードがなくて動かない古いソフトウェアから、開発途中の最新のソフトウェアまで…… 最初の人類、と呼ばれているアルディ(ラミダス猿人)のDNAから、さっき生まれた赤ちゃんのDNA。蟻も人もクジラも。可能な限りの情報を集積する。国家間の債務の履歴から、さっき子供が買ったガムのレシートまで。一人一人がそれらの情報を送ることは、義務になった。
 とにかく何でも記録出来るものを集約する、国連が決定したプロジェクト。〈某データセンタープロジェクト〉。
 そのデータを使って何をする気なのか。
 先生も『用途は後で考える』と言っていた。
 208x年には圧縮方法と集積率が収集する情報を上回り、全世界の情報が記録可能になるということだった。
 先生の授業はそこから現代の社会情勢へと展開していった。
 〈某データセンタープロジェクト〉の目的が知りたい。
 もしかして〈転送者〉はそれの副産物?
 それとも〈某データセンタープロジェクト〉を阻止する為に、反政府レジスタンスが作ったデータセンター破壊ロボット?
 いや、そもそも〈某データセンタープロジェクト〉の目的はなんなのだ?
 この前〈鳥の巣〉の中で書くことになったプログラムの内容や目的を思い出していた。
 もしかしたら、そこにヒントがあったかもしれない。
 単純に入力を補助し、入力が終わったら整理してデータベースに書き込む、というだけのことだった。課題で与えられた通りだと入力のフォームが複雑で、一度整理した方が良かった。
 もしかすると、その〈某データセンタープロジェクト〉の為の情報収集用画面になるのかもしれない。しかし、作るにあたって全く外部にネット接続出来ないのでは一体あの画面を誰がみるというのか。
 やはり、今作っているシステムと〈某データセンタープロジェクト〉とは相当に開きがありそうだ。データを蓄積するだけが目的とは思えない。
「とすれば……」
 世界の出来事を学習し、未来を予測する装置の作るのかもしれない。
 単純な気候変動を取っても、現状から温暖化していくシミュレーションは出来ても、人間の行動が予測できないからそれは正しい未来ではない。
 人間の行動も含めた未来を知る為、全ての情報を入れて、コンピューターにディープラーニングさせ、全世界の未来をシミュレートし、予測する……
「|白井(しらい)っ!」
 気がつくと、授業が止まっていた。
 また、ミハルを覗く全員がこちらを向いていた。
「『とすれば』の後はなんだ?」
「えっ?」
「おら、白井、みんな待ってんぞ」
「ほらほら、何にも考えてないって……」
「キミコ……」
 マミが謝って、というように手で合図した。
 私は慌てて立ち上がった。
「す、すみません。何でもありません」
 ただ未来を予測するだけではない。
 きっと世界をまるごとシミュレートして、『命』を|〈データセンター〉(そこ)に封じ込めるのかもしれない。
 思想によっては〈転送者〉が正義の味方なのかも……
 いやいや。自分やマミを殺そうとしている。
 だとすれば〈転送者〉を正義と認める訳にはいかない。
「白井?」
「はい?」
「はい? じゃないだろ、当てられてるぞ?」
 目の前のタブレットがフラッシュしていた。
「……えっと、もう一度お願いします」
「どういう授業をしたら白井に興味を持ってもらえるだろうか? って質問したんだ」
「ごめんさい集中します」
「はい、じゃ、佐津間。答えて」
「もっとエッチなトークを入れると興味を持ってもらえるんじゃ?」
 皆の笑い声が聞こえた。
「お前も話しを聞いてないのか? 鶴田、答えて」
「国会が立法で、内閣が行政」
「正解だ。まったく、誰が授業を聞いていて、誰が聞いていないのか…… 先生不安になってきた。これからも時々、こういう簡単な質問を織り交ぜた方が良さそうだなぁ」
「佐津間アホなんじゃねぇのか」
「佐津間はいつも白井のこと考え過ぎ」
「白井はエッチなトークが入れば興味もつんか? どんだけエロなんだよ」
 どうでもいい教室の声が聞こえてくる。
「こら、静かにしろ。そろそろちゃんとした『高校生』に授業をしたいんだが」
 クラスが急に静かになった。
 ああ、本当にアホをやってしまった。
 授業に集中するべきだった。
 そこから私は先生を向いて授業を受けた。




 放課後、皆が部活動や生徒会でいなくなると、教室には私とマミとミハルが残った。
 スクールバスの発停スケジュールを見て、次のを待つしかないと判断したからだった。