その女性気づいてざわざわしながらも、全員が着席すると朝のホームルームが始まった。
「もう皆気づいていると思うが」
「転校生ですか?」
「話は最後まできけ。どう見ても転校生じゃないだろう」
 転校生か、そういう考えもあったか、と私は思った。
 年齢や推定する国籍から教師かと思っていた自分の考えの浅さが悔しい。が、転校生であるという解は間違えであることが分かった。
「佐藤先生、どうみてもというは失礼じゃないですか」
「そうだよセクハラだよ」
 当の女性は何を言われているのか理解していないようで、周りをあちこち見ながらまばたきした。まばたきを見て、女性のまつ毛が非常に長いことに気がついた。そう言えば他人のまばたきを意識したのは初めてだ。
「いいからちょっと静かにして。ええ、百葉高校もまだ新設校で、教師数が足りてなかったのですが、このクラスにもようやく副担任が付きました」
「新しい先生の話って、全校集会とかでやるんじゃないの?」
「全校集会でもやるけど、今日はまだやらないの。だから話を最後まで聞いて。色んな話しないといけないからね。じゃ、まずは紹介します。えっと…… オレーシャ・イリイナ先生。担当はプログラミングになります。ではオレーシャ、自己紹介を」
 佐藤先生が手を向けて、女性が会釈した。
「オレーシャ・イリイナと言います。ロシアでハッカーしてました」
 佐藤先生が慌てて口を挟む。
「だから、違います。オレーシャはプログラマーですよね。いい、まだちょっと日本語が上手じゃなくて」
「けど、すらすら話してただじゃないですか」
「間違えました。プログラマーしてました」
「えっ、言い換えるの。つまんね〜」
「ハッカーって言ったら受けるって聞いてました。ドン引きだったので修正します」
「佐藤先生、オレーシャ日本語イケるじゃないですか」
 教室が話し声で溢れてしまった。
「頼むから静かにして、色々話すことあるって言ったよね。オレーシャ続けて」
「私は新しく始まるプログラミングの授業を担当します。プログラミングの選抜者は夏に合宿ありますから、覚悟するように」
「……」
 新任の教師は、いきなりいろんな情報をぶっこんできて、教室内はそれを理解するのに必死だった。
 合宿? 選抜者? 新しく始まるプログラミングの授業?
「そういうことだ。急な決定だが、夏の合宿の件は後で掲示板に入れとくから見ておくように。それじゃ、質問タイムだ。選ばれた者は起立して質問すること」
 左前の人のタブレット画面がフラッシュした。
 と、思うと、自分のタブレットも画面がフラッシュした。
 やばい、また当たってしまった。
「オレーシャ先生はどこの部活の顧問しますか?」
「今は決まった部活の顧問に入る予定ありません。やるとしたらパソコン部とかなのかな、と思ってます」
「次、|白井(しらい)」
 どうも緊張してしまう。
「えっと、|白井(しらい)です。先生は日本語が超上手いですが、どこで習ったんですか?」
「……あなたが|BBA(ビービーエー)声の人ね。」
「えっ?」
「ごめんなさい、気にしないで。ロシアで習いましたよ。モスクワで。語学の良い教室を探すより、ネットの方が便利だったから、そういうところで学びました。日本人はロシアの女性に非常にやさしくしてくれるから」
 オレーシャは全身が見えるように、前に出てきた。
「この服も、日本の方が作ってくれました。日本の方がいだくロシアの人のイメージなのだそうです。帽子も頂いたのですが、今日は置いてきてしまいました」
「銀河鉄道の列車に乗り込みそうだね」
「……あっ、あれの格好ってこと?」
「知ってんの?」
「アニメ? コスプレ?」
 教室がざわざわとなった。
 私はさらっと流された『BBA声の人』と言われたことでショックを受けていた。
 何故、佐津間に続いてこんなことを言われなければならないのか。
 悔しくて涙が出そうだった。
「白井、もういいぞ。じゃあ、次」
 別の人のタブレットがフラッシュしてその人が質問した。
 やっぱりありきたりの質問をして、普通に教室がざわついて、佐藤先生がしめた。
 オレーシャはそのまま下がるのかと思ったが、また主導権をとって話しを続けた。
「これからテストを配布しますから、10分間で回答してください。テスト、というか選択式のアンケートのようなものです」
 みんなタブレットに注目した。
 確かに課題のところに『緊急テスト』と書かれた文字が追加されている。
「はい、はじめて」
 開いた人から順にどよめきが起こった。
 一歩遅れて、開いてみる。
「なっ……」