「もう帰っちゃうんで。先生もあまりいると負担でしょうから、少し話をしたら私も帰ります」
 上条くんが、横の椅子に座った。
「光ケーブルの試作は、先ほど林さんがおっしゃった通りです。非常に早く、順調です。特許は後で、という形になります。早く敷設して実際に使いたいそうです」
 言い終えると、上条くんが視線をそらした。
「?」
「病室にいる先生には言い出しにくいんですが……」
 杏美ちゃんと婚約したとか?
 研究室からXS証券に引き抜かれた、とかだろうか。
 何か、嫌な予感がした。
「コードを、ソースコード見てもらえませんか」
「あ、なんだ。そういう話?」
「あ、すみません。あの、困っていて。どうでしょうか?」
「良いわよ。なんのプログラム?」
「実は、XS証券側のプログラムです。株取引の」
 現状態でも、上条くんは、なかば引き抜かれたようなものだ…… 今更そんなことを報告はしないか。
 少し寂しいような気持ちになった。
 私はうなずくと、上条くんはタブレットからコードを見せた。
「全体が必要でしょうから後で送ります。ここなんです」
「ああ…… なんかかなり変な比較式使っているけど…… もっと簡単に判断出来るんじゃないの?」
「そうなんです! ボクもそう思って」
 上条くんが自分のことを『ボク』というのも珍しい。
「あ、すみません。声が大きいですよね」
 ざっとコードを眺めると、なんだろう、やたら多い変数名が気になる。
 何度も何度も別の変数に代入してしまっている。
「資料はソースコードだけなの?」
「林さんが怒ってソフト会社との契約破棄してしまって。これ以上の資料はもらえないんだそうです。この箇所かな、と思ったのも、私がソースファイルの差分をとったから分かっただけで……」
「林さんがソフト会社に要求した内容は?」
「こっちです」
 林の指示、という文書も、不思議な言葉で書かれていた。
 証券会社の用語なのか、良くわからない言葉が続く。
 上条くんに解説してもらいながら、指示の内容を読み解く。
 この短時間で分かるようなことじゃない、と思ったので「時間くれる」とだけ伝えて、コードを送ってもらうことにした。
「すみません。頼むだけ頼んで帰るなんて…… あ、違う違う。お見舞いに先生の好きなケーキ買ってきました。食事の制限があるか確認してませんけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、ありがとう」
「後で食べてください。冷蔵庫に入れておきますね。それじゃ」
「うん」
 私は軽く手を振った。
 長い間寝ているだけだったのに、ちょっと会話して考えごとをしたら、急に疲れてしまった。確かに倒れたのは、あの病気のせいだろうけれど、病気はこんなに体力を奪ってしまうものなのか、と恐ろしくなった。
 いつの間にか寝てしまったようだった。
 気がつくと、部屋が夕日の色に染まっていた。
 看護師さんが運んできた食事を食べ、その後に上条くんが持ってきたケーキを食べた。
 看護師さんが、その分も合わせて記録していた。
 私は「私、食事制限があるんですか」とたずねたら、単純に食中毒可能性や、摂取カロリーを記録が必要だから、ということだった。
「消化が良ければ、何を食べてもいいですよ」
 ちょっとの間だが、入院している為に体が弱っている可能性があるという。油っぽいものを食べると、消化が悪くて体に負担をかける可能性がある。
「だから、すぐ疲れちゃうのかしら」
「そうですね。退院したら普段より少し体を動かすようにしないと、動かさないと体は弱っていきますから……」
 私は少し納得した。
 食事の後、少し休むと私は上条くんのコードを改めて確認した。
 気になる行がいくつかあって、目をつぶるとそこがハイライトされた。
 多分、ここがおかしい。
 都度、比較用の変数に代入しないで、直接変数同士の計算をさせるか、全部をまとめて計算した結果を代入すれば良いのだ。
 一体、この計算は何をしているのだろう。
 林がソフト会社へ指示した式と同じ、とは言い難い。
 何かどこかの解釈を間違えている、としか思えない。
 私は上条くんに気になる行と、林が指示した計算はこうなのでは、とメールを書いた。
 昼間と同じように、急速に疲れてしまい、消灯時間より先に灯りを消して寝てしまった。
 翌日、上条くんからの返信と、その先の林からの興奮したような返信を受けた。
 正直、林からの返信はどうでも良かったが、今後もこういうことがあった時に頼ってきそうな雰囲気を感じた。