しかもご丁寧に所長の考えに反抗的な態度をとってしまった。
 酔いが回っていたせいなのか……
「おい!」
 足を引っ掛けられて、ドン、と肩を押された。私はどうにもならず、尻もちをついてしまった。
 所長は肩を押し込んでくると、そのまま馬乗りになった。
「若い|娘(こ)の方が良いんでしょ」
「そんなんじゃありません」
「ウソ!」
 パチン、と左の頬を叩かれ、肌がじんじんした。
「|梓(あずさ)のことが好きなんです。誰よりも」
「ウソよ!」
 右手が逆方向からくるか、と思った時、所長は何かに気付いたようだった。
「!」
 そして手を戻し、もう一度、同じ方から、私の左の頬を叩いた。
 頬は痛かったが、所長がただのヒステリーで怒っているのではない、と思った。
 右手の甲で、私の右頬を叩かなかったからだ。
「じゃあ、私から電話がかかってきたらどういう表示になるの?」
「かけてみてください」
 所長はスマフォを持ってきてささっと操作した。
 しばらくして私のスマフォが応答した。
「あっ……」
 所長は自分のスマフォを置いて、私のスマフォを両手で持った。
「……もう何年もたつし、知世の持っている機種が変わったから、消してしまったと思っていたわ」
 スマフォを置くと、両手を広げて私を包むように抱きしめた。
「ありがとう……」
 それは私が所長に言いたい気持ちだった。
 ありがとう。
 先が見えない私を、救ってくれるのは中島所長、あなただけです。
 私は何度も繰り返した。

 翌朝、所長の家を出ると、急いで自宅に戻った。実は、杏美が困っている部分がどこなのか、電話で聞いた時に、さっぱり分からなかった。
 杏美が受け持っているのは検査用のプログラムだったが、品質を保つための検査で、これで低品質のものを見抜けないと実際に現地についてから通信出来ないとか、大きな障害を引き起こしてしまう。
 自宅から一体どんな機器のどういう類のものを書いているのかを確認し、服を着替えて研究所へ向かった。
 移動中に、何度も所長からメッセージが来て、都度内容は確認したが、既読はつけなかった。
「見れない、って言ったのに」
 杏美…… 山田さんの困っているのを助けにいくから、明日はすぐに帰ります、と話したら所長はものすごく寂しそうだった。今日一日一緒に過ごせると思っていたらしかった。
『時間が出来れば、夕食食べに行きませんか』
 所長にそう伝えていた。
 だから、メッセージは何が食べたいとか、あそこの店がどうだった、とか、そういう話しが多くなっていた。
『山田さんのコードの修正が長くかかりそうだったら連絡します』
 もし、直前で夕食をともに出来なかったらどれだけがっかりするだろう、と思って先にそれを言っておいた。やはり所長は悲しそうな表情を浮かべた。
 だから、メッセージは読んでいないことにしたかった。研究所に着けばもうメッセージなんて確認しなくなるわけだし、今の時点からみていな方が、変な期待をさせなくて済む。
 研究所に着くと、奥に建設用のフェンスが作られ、鉄筋が組み上がっていた。あれが、XS証券に金を出させて作る『私の』水晶の研究所らしかった。
 デザイン画の通り、水晶のクラスターのような形が見て取れた。私は少し足を止めて想像した。
「坂井先生!」
 声をかけられて振り返ると、そこには杏美ちゃんが立っていた。
 走ってきたように息が上がっていた。
「どうしたの? 走ってきたようだけど?」
「先生と約束していたのに、遅れちゃったから……」
 私はスマフォを取り出して時間を確認したが、別に遅れたという時間では無かった。どちらかというと、私が約束より早く来ているのだ。
「お休みのところワザワザ来てもらっているわけですから。時間を無駄にしたくないです」
「そんな、いいのに」
 杏美ちゃんはニコッリと笑い返してきた。
 走ったせいか、メイクなのか、ほんのりとほおが赤かった。
 自分が歳を重ねたせいなのか、杏美ちゃんがキラキラと輝いて見えた。若い女性というのは、皆こんなにキラキラしているものなのだろうか。
「先生。何かありましたか?」
 今度はキョトン、とした表情をみせる。私は杏美ちゃんへの自分の気持ちがわからなくなっていた。
 若い|女性(こ)への嫉妬? それとも憧れ? どれとも違うような気がしていた。
 所長会って感じることとは違うけれど、何かが似ているような。
「……なんていうのかな。杏美ちゃん、ピカピカしている」
「えっ、キラキラとかじゃなくてですか? なんかちょっとイヤな感じですね」
「あっ、そうじゃなくて、ツルツルというか」
「ピカピカとかツルツルとか、ハゲてるみたい」