タクシーの運転手に住所を告げるとナビに入れていた。
 もやもやとした気分のまま、私はぼーっと外の景色をみていた。
『お客様、困ります』
 何が困るというのか、と思い私は運転手の方を見た。
『そういうものを後部座席に乗せると、シートが痛むんですよ』
『なんのこと?』
 言いながら、目の端に入っていた金属の光を確認した。
『……か、カッチュウ?』
 私の隣に置かれていたのは金属製の鎧だった。
 人の姿のように積み上がっていた。
 いや…… 待て。
 空じゃない、中身が入っている。
『ガシャッ!』
 ヘルメット部分が開いて、こっちを睨んだ。
 彫りの深い西洋人のような目元だった。
『お客さん、その甲冑のせいで燃費がガタ落ちだ、料金倍払ってもらいますよ』
『私が乗せたんじゃないわ、最初から乗っていたんでしょ?』
『トモヨ、ここは危険です』
『なんで私の名前っ……』
 その時、甲冑の男が私の後頭部目掛けて腕を差し込んできた。
『伏せて!』
 ガツン、と大きな音がした。車の後部ガラスが割れ、破片が散った。
『何!』
 振り返ると、甲冑の男の腕が、尖った槍のようなものの先端を握っていた。
 ガツガツと|蹄(ひづめ)の音がする。
 左を向くと、少し後ろに鎧を付けた馬が走っていた。
『これはランスという武器で……』
 言うと、槍は引き戻された。
 甲冑の男は後部ガラスを振り払って、半身を乗り出した。
『違う! そういうことじゃなくて!』
 後ろに甲冑の男が来たために、助手席の背もたれにしがみつきながら、そう叫んだ。
『どういうことです?』
『馬にのっている奴と、あなたは何!』
 車に槍を振り下ろしているらしく、ガツンガツンと金属が歪んでいく音がする。
『トモヨを女王にしない為に、暗殺者が動き出したのです。私は現女王の近衛兵』
『王女? 暗殺者? 近衛兵?』
 タクシーの運転手が叫ぶ。
『お客さん! 暗殺者とか、近衛兵とか物騒なものはお断りなんだけど!』
『こっちだって知らないわよ!』
「お客さん!」
「知らないって言ってるでしょ?」
「お客さん、着きましたよ。起きてください!」
「?」
 カチカチカチとハザードランプが点滅する音が聞こえる。
 後部のガラスはしっかりとはめ込まれている。
 甲冑の男も、馬から槍を突く男もいない。
 幻? 全くの幻影と幻聴…… 私、どうかしてる。
「ここでよろしいですよね?」
 窓の外をみる。
 自分のマンションの玄関口についている。
「……は、はい。カード使えますか」
 なんだったのだろう。
 自分は寝てしまったのだろうか、けれど、意識が切り替わったような境目に一切気づくことがなかった。それとも、まだどこかこのままさっきの世界につながっているのだろうか。
 私はタクシーの支払いをすませると、前後左右を警戒しながらゆっくりと車を降りた。
 深夜のこの道は、車も人通りも殆どなかった。
 ちょっと先で信号が黄色く点滅しているだけだった。
 タクシーは、ゆっくりとUターンして元来た道を戻っていった。
 何も動くものがなくなった道を眺めていると、さっきの蹄の音が聞こえてくるような、そんな幻聴に襲われた。私は走ってマンションに逃げ込んだ。
 部屋に入ると、机に座ってノートパソコンを開きかけ、そのまま閉じてしまった。
 メールとか、メッセージとか、他の人とのつながりを確認したくなかった。
 すくなくとも今は見たくない。
 そのまま立ち上がってベッドに倒れ込むと、仰向けになって目を閉じた。

 

『読んではいけない』
 背後をとられている。誰も姿は見えない。
『あなたは死んでしまう。決してアレを読んではいけない』
 気配がある。見ないということは、やっぱり背後だ。
『あなたは、読め、と言っていた|女性(ひと)なの?』
『読んでしまえば、あなたは体を失う』