『だから、あなたは、誰?』
 甲冑が突然正面に現れて、私に向かって剣を突いてきた。
 避けるような反射神経がなかった。目を閉じるのが精一杯だった。
『女王の近衛兵……』
 後ろからそう聞こえた。
 私は目を開くと、キラキラ光る剣が左肩の上にあった。
『読んではいけない。あなたの世界に災いが起こる』
『……』
 背後の気配が消えた。
 剣を収めると、甲冑の人はヘルメットを開けて、目を見せた。
 すべてを覚えているわけではないが、この甲冑の人は、タクシーで現れた近衛兵だ。
『大丈夫ですか?』
『いきなりだけど、聞いてもいいですか? ダメと言っても聞きますけど。これはなんなの、私の後ろに居た人は誰?』
『現女王の姉です』
『姉? 普通、姉が女王になるものではないの?』
『姉には女王になる力がなかった』
『力? 何それ、能力ってこと? 社交性とか?』
 こちらの常識で何か答えがでるとは思えなかった。
『しかし、あなたには……』
『?』
『すみません。干渉を禁じらているので、私はこれで失礼します』
 近衛兵は一瞬のうちに姿を消した。
 干渉…… もう充分干渉しているじゃない。私の質問に答えてよ。
 力、がなんのことか分からない。
 けれど、読め、読むな、と言っているのなら、あのコードに関わるものだ。
 コードを読むことが出来る、出来ないの違いだろうか。
 姉は、読んだら死ぬ、と言っている。
 妹は読め、と言っている。
 妹の近衛兵はタクシーで襲われた私を守った。私を守った?
 ということは、姉が私を襲わせている、と考えるのが正当だろうか。
 読んだら死ぬ、とか世界に災いが、とか。つまり、読んだら『姉』は女王にはなれない。
 待って! 私が読んだら、私に読む『力』があったら、私が女王になるとか、そういうことなのだろうか?
 自問自答しながら、起こった出来事を整理していた。
 もう一人の自分が、その事が無駄だと気づく。幻の世界の女王が誰になろうと、現実の私は全く関係ないじゃない。
 その通りだ。
 きっと疲れているのだ。
 なんとなく、受け入れてしまっていたが、電車の中で読む小説の世界のようなものだ。
 エンターテイメントの世界だ、小劇場で広がる、人生とは別の、空想の世界。それと同じだ。私が見ている夢、と言ってもいい。
 そんなことを考えても、現実は何も変わらない。
 楽しい夢に逃げるのはよそう。
 早くお金を用意して、手術を受け、治療を始めなければ。
 重く、苦しい気持ちが、私の心を暗くしていた。



 光ファイバーが特定の条件下でファイバーフューズという現象を起こす。
 今の証券取引は某国のルールのまるまま受け入れたためにHFT(高速株取引)が主体となっていた。これはアルゴリズム取引だけではなく、取引所と取引所の間を早く情報を渡したものが勝つ、という単純な面もそなえていた。
 先回りして利鞘を稼ぐ、一瞬のインサイダーとも言えるが、まさかこのコンピューターの一瞬の処理速度や、光ファイバーの通信の遅れが株取引に影響すると考えていなかったのだろう。それは制度の抜け穴である。
 その制度の抜け穴においては、速さが勝負を決める。今、この株取り引き中でファイバーフューズが起こったら…… のろのろともう取引が終わったクズ株のマヌケな取り引きだけが残ってしまう。だから、XS証券は高トラフィック下でも安定した光ファイバーが欲しかった。
 そういうことか。私はXS証券が今回の共同研究に関してだしたIR情報を改めて読み返し、一つ一つの謎のキーワードを調べるなか、ようやく証券会社と光ファイバーの関係を理解した。
 この株取り引きの世界で、何百倍ものデータを流しつつ、ファイバーフューズというトラブルとは無縁、だとしたら。
 まさにHFTをするための光ファイバーと言える。
 XSの林が上条くんに作らせていた部分…… 結局、私が作った部分でもあるが、いわゆる『アルゴリズム取り引き』をする部分だ、ということも分かった。
 多数が売る時には売り、多数が買う時には買う。利益がでたら、値動きの鈍い、別の株に移る。ウォッチする為に様々な株を定期的に少量ずつ売り買いしながら、値動きを監視する。ある基準の値動きを超えたら、多数が売るなら売り、買うなら買う、という動作を始める。
 林から出された暗号文のような指示は、もっと変なことがいっぱい書いてあったが、大まかな動きはそうだった。特定株で基準の利益を上げたら、即時に動きの鈍い株へ分散する。その二つのモードの繰り返しだった。
 書いてみたが、面白みのないコードだった。
 しかし、多数が売る時に売り、多数が買う時に買う、という動作には様々な例外が書き加えられていた。
 安くなる株を更に売って、最終的に利益を確定する為に、空売り、という注文をだす。他の多数が買う時に買うが、一定の根付になったら今度は一気に売り始める。