もしかすると、どの証券会社も同じロジックだったら、と思うとゾッとした。
 売るなら売る、買うなら買うを加速させ、急激な株価のカーブを描き、その会社が傾くほどの株売買をしてしまうのではないか、と。
 興味を持った私は自分で複数のインスタンスを作って同じ取引所にアルゴリズム取り引きが動き出している実験をした。何度か実施したが、殆ど株価は波立たなかった。実際の株式市場にアルゴリズム取り引きが複数存在しても同じはずだ。
 だとしたら、現実で似たような過激な株価のカーブは、だれの仕業か。考えた結果、株価の激しい変動のトリガーを引くのは、多分、人間の売り買いなのだ。
 自動取引で怖いのは取引停止になるほどの安値や高値であって、その前に利益を確定しようとする。だから、乱高下の一番損をする部分、というのは人間が後乗りでやってきて行ういるに違いない。私はそう結論づけた。
 ただ、自動取引は人為的であるが為に、きっかけのカーブがなだらかな上昇や、なだらかな下降にならない。その変化が人の目に捉えられる大きさだった時、人が後乗りで動き出し、大きな株価の動きになる。
 目隠しをした人の臆病は動きよりも、目を開いている人がするスポーツの中での方が、衝突した時の度合いが激しいようなものだ。
 ノックの音がした。どうぞ、というとドアが開いて杏美ちゃんが顔を出した。
「坂井先生、中島所長がいらっしゃいました」
「わかりました、すぐ行きます」
 タブレット端末を手にとって、近くの打ち合わせ室へ向かった。
 打ち合わせ室は空調をいれていないせいか、蒸し暑かった。灯りを付けて空調を入れると、ノックの音がした。
 ドアを開けると、中島所長が三人ほどの業者をつれて待っていた。
「どうぞ」
 席につき名刺の交換が終わったところで相手が話し始めた。
「新しく出来る研究棟ですが、入退室について厳しくコントロールなさりたい、との要望がありまして、案をつくってまいりました」
 タブレットで配ってあった資料をみると、研究棟のフロア毎の図面があった。そこには権限のレベルが書いてあった。
「この図面に書いてあるレベルに応じて、扉の開閉の許可がつけられます。レベルは三段階。一般事務の方、研究員の方、室長以上の方、としています」
 そういうと、個人にどういうレベルをつける予定かが書いてある資料を見るようにと案内された。
 その資料を表示させると、室長以上の氏名が書かれたリストに、権限のレベルが併記されていた。
「……ダメね。私にはもうひとつ上レベルをつけて」
 所長がそう言うと、業者の人はお互いの顔を見合わせた。
「……」
 図面を見てくれ、と言った後、真ん中に座っていた人が切り出した。
「どの部屋に入らせたくないのですか? 部屋の意味的にはこのレベル以上を付けても意味はありません?」
 確かに、図面上、入室のレベルは3種類しかない。この室は所長のカードだけでしか開閉しない、という部屋があれば意味はあるのだが。
 所長はタブレットで何か資料を探しながら話し始めた。
「カード操作を徹底させる為に、操作しないと出たり入ったり出来なくする機能があったわよね?」
「……」
 業者はまた顔を見合わせた。
「……あった。アンチパスバック。私はこれを無効にして」
 業者は安堵したように言った。
「分かりました。一つレベルを高くして、所長様はアンチパスバックの対象外とします」
「そのアンチパスバックってなんですか?」
「坂井先生にもお渡している資料の機能編のこのページに記載して……」
 もう一人の業者が割り込んできた。
「簡単に説明しますと、カード操作なしで部屋を出たら入れなくなり、カード操作なしで入ると出れなくなる機能です」
「扉が開いていても操作がいるということですか?」
「そうなります」
「随分不便ですね」
 業者は苦笑いしていた。
「本来、研究室だから、これくらいのセキュリティは当然なのよ」
 所長は権限は強いがセキュリティレベルが低い、ということになる。
「けど、所長はセキュリティレベルが低くていいんですか? カード取られたらそれこそ抜け穴になってしまいますよね?」
 業者はまたお互いの顔を見合った。
「それでしたら、落とさない方法がありますよ」
「どういうことです?」
「生体認証です」
「具体的には? 指紋はもう懲りましたから」
 業者は引きつったような笑顔になった。
「大丈夫、今回は指は指でも静脈を認証しますから。それとも虹彩でもいいですよ?」
 業者は自分の目を指さしていた。
「いくら違うの? 金額によるわ」
 中島所長がタブレットに概算見積もりを表示させ、そこをコツコツと叩きながら言った。
「一台につき四万……」
「三倍じゃない。カードのままでいきます」