「……これは失礼しました」
 カーテンの下へメニューを出して、写真の書いてある飲み物を指差して注文した。
「……以上ですね。承りました」
 ようやく店員が去った。
 私は慌てて自分の担当側のボックスを確認しようと背もたれに足をかけたところ、でふと考えた。
 店員はこんどは飲み物を持ってやってくる。
 その時返事がなければ、カーテンを開けられてしまう。
 反対側を調べに行っているミハルを確認しようと目をこらすが、何枚かのベニア板のせいでよくわからない。
 とにかく、ここは私ひとりで乗り切らないと。
 もう一度席に座って飲み物がくるのをじっと待っていた。
 どのみちマミを見つけたらこの店員をぶん殴ってでも外へ逃げ出すのだから、このボックスにいないことが判ったところでどうでもいいことじゃないか、と思ったりした。
 このボックスに居ないことが判っても、他のボックスのカーテンを開けて確認するのは客のプライバシーを侵害してしまう。この店で一番やっては行けないことのはずだ。
 いや、ボックスないに居ないことが判ったら、警報装置を鳴らして、総出で探し始めるかもしれない。そのまま梁の上を這って追いかけられたら、つかまってしまう。
 やっぱりそういう意味では時間を稼ぐべきだ。
 一人で葛藤していると、カーテンの下に店員の足が止まった。
「お客様。ドリンクをお持ちしました」
 カーテンを開けられると思った私は、自分から顔をだして店員からドリンクをうばうように取った。
「ありがとな」
「ごゆっくり」
 もう来んな、と心のなかでつぶやいた。
 空調のせいか、学校を出てからずっと何も飲んでいないせいか、私は喉が乾いて目の前に置かれたドリンクに口を付けた。
 一瞬、変な味がした。
 息継ぎでいちどグラスを置いてから、残りもするっと喉を通り過ぎた。
「はぁ〜」
 ミハルの分も飲みたくなったが、それはミハルが戻ってきた時の為に取っておこう、と思った。
 自分の側の椅子の背もたれを登り、梁に手をかけた。
 ボックスの壁の上に足をかけると、グラグラっと揺れた。
 これはちゃんとした壁じゃない。薄いのベニア板に補強の角材が入っているだけのものだ。
 どうりで揺れるし、隣のボックスの声とかも聞こえてくるわけだった。
 慎重に力を入れて、梁の上にまたがると、上り棒をのぼるように手足をつかって進んだ。
 そっと梁から顔を出して、下のボックス内の様子を確認する。
 女性が胸をはだけて寝そべっている。
 男がのしかかるようにして、片方の乳房に頭をのせている。おそらく、吸ったり舐めたりいるのだろう。
 片手は跳ね上げた太ももを撫でている。
 そのまま行為に至ってもおかしくない状態だ。
 喫茶店とかなんとか言っていたはずじゃ……
「!」
 一瞬、女性と目があった気がして、梁で顔を隠した。
 いや、これは、公然わいせつ罪とか、店側が公然わいせつほう助とかに問われても文句言えないんじゃないか?
 とりあえず、ここにはマミがいない。急いで次のブロックへ移動する。
 次のブロックも女性が横になっているかなっていないかが違うぐらいで、やってることは同じだった。
 はだけた胸元、くちづけ、あちこちをまさぐり合って声を上げている。
 ここにもマミはいない。急ごう。
 次のブロックに入った瞬間、梁から半身を滑らせてしまった。
 何かひっかりになるものを探す。
「!」
 人の頭を踏んでしまった。
「ん!」
 慌てて、ソファーの背に足を移す。
 このブロックの男女は完全に下半身が合体している。
 立ったまま、女性を抱っこしたような格好だ。知識としてこれを『駅弁』とかいうのは知っていたが、本当にしているとは……
 そっと、音を立てないように這い上がる。女性の頭を踏みつけたのか、男性の頭だったのかは分からない。
 ここもマミではなかった。いったいいくつブロックがあるんだろう。
 次のブロックへ進もうと、手足を使って梁を進もうとした瞬間、再び足が外れた。
 外れたというより、誰かが引っ張っている。
「!」
 足を見ようと身体をひねった瞬間、梁から落ちてしまった。
 落ちた時に、つかまれていた足も離された。
「うわっ!」
「いたっ」
 男性同士のカップルだったようだ。
「ご、ごめんなさい。ちょっと自分たちの席に戻ろうと思って」
「?」
「お前……」