機械のところにぶら下げている操作ガイドをもう一度確認する。
 最初のやり方で間違っていない。
 最初の方法で、同じ扉から出ようとすると、やはり警備をセット出来ない。
 私は部屋をでて、棟の管理室に電話した。
「……そうなんです。警備を入れてもらえますか?」
『ちょっとまってください。全部閉まってますよね?』
「確認しました」
『やってみますから、待ってください』
 おい、坂井先生の研究室をセットしてみて、と小さい声で会話しているのが聞こえる。
 何か、ボソボソと話し声が続く。
『先生、まだどこか開いてるところがあるんじゃないかな? じゃなきゃ、人が残ってるとか。もう一回だけ見てもらえます?』
 管理室の人間がこっちにきて確認すればいいじゃないか。そう思ったが、言わなかった。
「……はい」
 開け閉めのポイントは全部見た。
 あとは居室に誰かいるかどうか…… まさか、いるはずがない。
 カードを操作して、もう一度研究室に戻った。
「やっぱり誰もいないじゃない」
 部屋をすべて見て、最後に自分の机に戻ってきた。
 警備機械が故障したんだろう。
 私が帰ろうという時に迷惑な話だ。
 ふと、目の前のディスプレイを見ると、動くものが写り込んでいた。
「だれっ」
 長い髪の女性だった。
 霧にプロジェクターで投影したような、オボロな姿だった。
 私はその光源を探して手を伸ばした。
『投影した映像じゃないの』
 そこから声がした。
 そんなバカな。私は振り返ってもう一度、消えているディスプレイを見た。私以外に、その女性の姿を写り込んでいる。私の幻覚ではない、ということなのか。
「話が出来るの?」
 女性はうなずいた。
「私に、読め、と言っていた人ね?」
『あなたのこの世界での命は短い。あなたの命のコードを結ぶ替りにあのコードを詠んで欲しいの』
「私はあの言語を読めない」
 女性は笑った。
『読める』
「読めない」
『ウソ』
 私は椅子から立ち上がった。
 何が根拠なのか示さない相手に苛立ちを憶えていた。
『私はあなたに継承してほしい。だから、あなたにコードを読む力を与えたのよ。その力を使ってきたくせに。今になってあのコードを読めない訳はないじゃない』
「……」
 女性は首をかしげた。
「どういう意味?」
『どのみちこの世界では生きられないの。遅かれ早かれ読むことになるわ。早く継承しないと、不利になるのはあなたなのよ』
 風で霧が吹き飛ぶように女性の姿が消え去った。
「ちょっと。話が出来るって言ったじゃない。 待ってよ!」
 私は叫んでいた。
 何を継承するというの? この世界で生きられないって…… 病気の事?
 私は力が抜けたように椅子に座った。
 あの女性の姿がただ発光しているだけではないとしたら、警備機械が反応したのかもしれない。
 気を取り直して警備機械の方へ戻る。
「警戒を開始します」
 私はため息をついて、ドアの方へ向かった。
 椅子に何かぶつかったような、ガタッという音がした。
「誰?」
 やっぱり部屋に誰かいたのだ。
 警備機械の近くに戻り、部屋の灯りをつける。
「誰? いるのは分かっているのよ」
 ガタッとまた音がした。
 どの椅子が動いたのかまでは分からなかった。机の影に隠れているに違いない。
 私はさっき読んだ警備機械の操作ガイドのことを思い出した。
「誰? 出てきなさい」
 ま、真下?
 私は足首をつかまれた。
 振りほどこうと足を動かそうとしたら、転んでしまった。
「林!」