「坂井先生!」
 XS証券の代表取締役の林だった。
「やさしくするから」
「どこが? 部屋に侵入して待ち伏せていたのに」
「頼むから」
 林は私の足にしがみつくようにして、離さなかった。私が反対の足で蹴っても、林は離さなかった。
「イヤッ、絶対にイヤッ!」
「頼む」
 いっそ、この口を…… 顔を蹴ってしまおうと思った。血だらけになろうが、痣になろうが、林を受け入れるよりましだ。
「良いのか?」
 林が一瞬止まった私のお腹の上に馬乗りになった。
「いやっ、イヤに決まってるでしょ」
「騒ぐな」
 頬を叩かれた。
「……」
「坂井先生! 坂井先生! どうしました?」
「!」
 管理室から、私の異常に気づいてここに来たのだ。私の異常は、この警備機械を操作して伝えた。
 林は私の目線を追った。
「こいつか」
「先生、坂井先生、どうしました?」
 私は慌てて立ち上がって、管理室からきた警備の人へ走った。
「助けてください」
「私は何もしてないよ。倒れた坂井先生を引き起こそうとしていたんだ」
「ウソです、捕まえてください」
「中島所長に電話して、つかまえていいのか聞いてみろ。お前らの給料だっていくらかはこっちの懐から出てんだぞ」
「坂井先生はすこし離れててください」
 警備の人は林を追い詰めるように動いた。林は林で、追い詰められていることが判って、チラチラと左右を見回した。
「障害」
 私は大きな声で言った。
「器物破損。人を殴ったり、モノを壊したらそれこそ警察に届け出なければならないわ」
 そうでなくても警察に突き出したいところなのだが、この研究所のスポンサーである話をされたら、おそらく警備の人は示談にしようとする。
「くっ……」
 林は実験用の機材から手を離した。おそらくそれで殴るか、投げるかしようと考えたのだろう。
 棒立ちになった林に、無造作に警備の人が近づく。
 捕まえようと手を伸ばすと、トン、と警備の人の肩を押して林は走った。
「待てっ」
 林が研究室を出ると、警備の人が追て出ていった。
「はぁ……」
 警備機械の操作ガイドに書いてあった『緊急通報』の操作を覚えていてよかった。機械のトラブルもあって、こちらの状況は管理室でモニターしていることも幸いした。
 警備の人がこなかったら、今頃私はどうなっていたのだろう……
 そう考えるにつけ、林という男の行動原理が分からなかった。
 林の資金で、光ファイバーの実用化を共同でやっていて、林の考えた株取引のアルゴリズムをコーディングした。つながりはその程度で、何か考えを話し合ったり、気持ちを伝えあったりしていない。お互いにお互いを何の感情も持たない状態…… 少なくとも私はそう思っていた。
 それなのに、林はウソの仕事の依頼をして呼び出し、体を求めてきた。拒否したら今度は研究室で待ち伏せていた。
 自分の体をみても、男が欲情する体とは到底思えなかった。
 仕事で関係しているから、プライベートでトラブルになったらそっちに影響する。だから、私に手を出すメリットはひとつもない。
 だったらなぜ求めてくるのだろう。
 惚れた…… とか、そういう感情なのだろうか。
 最初に私が拒否したせいで、復讐、とか遺恨とかそう言うものも含まれ始めているのだろう。
 執着。
 どうすればそういう感情を捨ててもらえるか、考えた。
「遅かったか……」
 最終電車が行ってしまって、改札が閉まっていた。駅の反対側へ降りると、そこにはタクシー待ちの短い列が出来ていて、私はそのうしろに並んだ。
 よっぽど嫌われるようなことをすれば嫌ってくれだろうか。
 ぼんやり嫌われるようなことを考えていた。
 暴力を震えば嫌われるだろうか。
 好きなものをけなせば嫌うだろうか。
 乱暴なもの言いをすれば……
 タクシーはなかなかやってこない。
 短い列でも縮まないなら長い列に並ぶのと同じことだ。