居間のソファーは対面して座ることは出来なかったので、真琴と薫はソファに隣同士になって座っていた。
 薫は、メモ帳を持ってぐるぐると丸を書いてみたり、記号を書いてみたり、言ったことを書き留めてみたりしていた。
「明日、学校以外でなんとか出来る可能性は低いわね」 
「そうだね。薫に休んでもらう訳にもいかないし」
「やるってなったら、学校休むくらいいいのよ。ただ、休んでも上手くいきそうにないのが問題ね」
 確かに、品川が休みを取って医者に行くとして、それはどこで、何時ごろ行くとか、診断は果たしてどうなるのか、診断しだいでは入院、なんて可能性もあった。
 薫は提案した。
「メラニーに言って、尾行してもらう?」
「ダメだよ。そんなの」
 真琴の返事に、薫は厳しい表情をして言った。
「ええ、そうね。今回は、しないわ」
 腕を組み、何か考えているような間があいた。
「学校でも思ったんだけど。真琴は認識しておかないといけないことがあるわ。私達が失敗すると、精神侵略を食い止められなくなるのよ。いい? いずれ手段を選んでいられなくなる時がくるかも知れないってこと」
 真琴は、すこしショックを受けた。
「確実にやらなければならない時に、手段は選んでられないわ」
 自分より薫の方が自体を深刻に受けとめている、そう感じた。真琴も真剣に考えているのだが、どこかに甘さがあったのだ。本当にそういうことを言ってられない事態となるかもしれない。これは初めから決意しておかなければいざという時に判断出来なくなるだろう。
 真琴は手で口を抑え、小さい声で言った。
「…そうだね」
「私も強く言い過ぎたわ」
「いや、ボクが甘かった」
 会話に少し間があいた。
 お互い、前にあるテレビの方をぼんやり見ていた。この『間』は、二人が同じ気持ちになる為には必要なもののようだった。
 薫は何か思いついたかのように話始めた。
「医者が診断をする時は、きっと敵も頭痛を起こすようなことはしないんじゃないかしら? だから明日はすぐに病院から戻ってくると思うわ」
「こっちの接触も、なんとなく分かっているようだった」
「ただ、明日は病院から帰ってきても学校には来ないだろうから、やっぱり直接品川さんの家にお見舞いに行く?」
 真琴は悩んだ。
「今日の話からすると、品川のお母さん、働いているよね。すると、ボクらがお見舞いに行っても品川出てきてくれるかな?」
「ちょっと確実じゃないわね」
「そうなんだよね。ご両親がいるだろう夕方や夜に『お見舞い』って言ったって入れてはくれないだろうし」
「学校に来てからの作戦を考えるしかないのね」
 確かに学校でもそんな話になった。共通店が少しでもあれば何か出来なくもないが、同じクラスという以外は、やっていることとか共通の友人とかが全く違う。
「そういえば、真琴は今日、頭痛になったけど、どうして?」
「理由が分かれば苦労はしな…」
 違う。今日のは確かに何か違う。自分で言っていて、なにか違和感を感じる。
「…そうだね。なんか変だ。ナニか故意に引き起こされた気がする。もしかすると、ヒカリ側からの呼び出しだったのかな?」
「それ、逆に利用出来ないのかな?」
「どういうこと?」
 薫は、どう考えても周りには人がいないのだが、周りを見渡した。そして真琴を手招きした。
「教えて」
「あのね…」
 薫は真琴の耳に手を当て、小さい声で話かけた。が、途中で少し遊び心が出てしまった。
「ヤッ…」
 薫は、手で覆っている為、真琴に見えないと思い、彼女の耳を舐めるように少し舌をだしていた。
「…なにすんの」
 舌は触れることはなかったが、耳に息が掛かってしまった。
「もう、やめてよ」
 そういえば、真琴はこんな事を何度もされたことがあった。いつも、無邪気に笑う薫に、しかたないなぁ、と許してしまうのだが。
「いつも反応してくれてありがと。あ〜楽しい!」
 薫はニコニコと微笑んだ。単純にいたずら、で済むように、冗談のように振る舞うしかなかった。本当は、もっとその反応を楽しんでいたいのだが。
「ごめんなさい。話を戻すけど、私、今日真琴が頭が痛くなったのは、品川さんに触れたせいじゃないかと思う」
「何かを感じて、ヒカリが呼び出してきたってこと?」
「う〜んそれは良く判らないけど。だから品川さんにしかける事も出来るような気がするんだ」
「エントーシアン同士の接触によって頭痛が引き起こされるということ?なのかな」
「正確には、エントーシアンは接触していないけどね…後で良いから、ヒカリに確認してみて」
「頭痛のないときは、ヒカリが出てきたことないんだよ…」
 今まで頭痛を伴わないタイミングでヒカリと対話する夢をみれたことがなかった。その結び付きが強いせいか、頭痛は『ヒカリが真琴の脳に入り込む際に起こる』と、真琴は本気で思っていた。
「そうね…そっちも、なんとかならないのかしらね。けど、寝ている時に頭痛になっていたかどうかはハッキリしないんだから、100%ではないんでしょ? じゃあ、とりあえずここで寝てみてみてよ」
 明らかにおかしな提案だった。薫は言ったことを後悔したが、極力表情に出さないよう平然を装った。
 部屋には静寂が訪れた。