その時、轟音を立ててタクシーの車道に入ってくる車があった。
 薄いクサビ型の車が入ってくると、横のおじさんが何かぼそっとつぶやいた。
「スーパーカーだ……」
 タクシー待ちの人の前に止まり、こっち側のドアが跳ね上がる。
「坂井先生」
 そこから出てきたのは林だった。
「タクシーなんて待ってたってこないよ。今日はすまなかなった。お詫びに家まで送っていくよ」
 信じてはダメだ。
 大きな声で言った。
「結構です」
「すまなかった。信用をなくしたのはわかってる。だから、お詫びに送らせてくれ」
 林も大きな声でそう言う。
 タクシー待ちの何人かが、ジロジロとこっちを見ている。
「結構です」
 私が言うと、タクシー待ちの人々は、耳を抑えて、うるさい、という仕草をした。
 そんなに大きな声じゃないのに、まるで迷惑だからどっかよそに行ってくれという感情がみてとれた。
「すまない。あやまる。この通りだ」
 林は車道で土下座した。
 タクシー待ちの人たちは私を睨みつけた。
 これだけ謝っているのに、許さないのか、とでも言いたげだ。
「……」
 乗らなければならないような圧力を感じる。
 許さなければいけないような。
 タクシーが一台こちらに入ってきて、クラクションをならした。
「早く行けよ」
「車をどかせよ。タクシー入れないだろ」
「許してくれ」
 林はまだ土下座している。
「許してやれよ。早く乗って車をどかせ」
 見知らぬ人たちが追い立てる。
 またタクシーがクラクションを鳴らす。
「早くいけよ」
 あからさまに私を睨みつける。
 この男がどんな男か知らない人たちが。
「……」
「許してくれ」
「車を動かしてください」
「坂井先生が乗らなければ動かさない」
 こんな場所で名前を呼ぶのか。
「タクシーが入れません。車をどかしてください」
「坂井先生が乗らなきゃ動かさない」
「乗るだけ乗れよ。俺たちだって帰らなきゃならないんだ!」
 泣きたくなった。
「もう!」
 私は林の車のドアに立った。
 どうやって開けていいのか分からなかった。
「早くして!」
 状況に気付いた林がやってきて、ドアを跳ね上げた。
 寝そべるような低いシートに座ると、林がドアを閉めた。
「坂井先生…… 許してくれてありがとう」
「許してません。そこの先でおろしてください」
「おろしませんよ。開け方も分からないでしょう?」
 やっぱり、この男はそのつもりで……
 私は大声をだした。
 しかし、エンジン音が大きくて、そとの人に気づいてもらえたか分からなかった。
 駅を出ると、人通りもまばらで、加速する車から降りることはできそうになかった。
 ハンドルを横から操作してしまえば止まれるかもしれない。でもこのスピードだ…… 運が悪ければ自分の命がどうなるかがわからない。
 運転している間は少なくとも林は手が出せないと考えるべきか。
 片側二車線の広い道に出ると、林は更に加速した。
 やはり、このまま乗っていては……
「止めて!」
 この車のどれが何のレバーだか分からなかったが、こちらから操作出来るレバーを引いた。
 轟音が響いて車が急に減速した。
「危ない! 死にたいのか」
 林の右手が顔面に当たった。
 後頭部を強くシートにぶつけた。
 私の中で何かが切れた。
 やっぱり惚れたとかそういう感情ではない。
 ただ征服したいだけなのだ。