薫は、自分のももの上に寝転がる真琴の髪を撫でていた。真琴の寝息を少しでも聞き漏らさぬように、自分の息を極力殺していた。
 頬や、閉じたまぶたのまつ毛にもそっと触れてみたかったが、起きてしまうかもしれない、と思うと出来なかった。起きて、何か変な女だと思われてしまったら取り返しがつかない。 
 この時間は、薫にとってかけがえのない時間であった。
 何も意識していない女の子同士ならどれだけ幸せだったろう。薫は何度もそう思った。受け入れられることのない自分の思いが一瞬でも通じ合えたら。
 肩や制服のブラウスから少しだけ透けている二の腕のあたりも、脳に刻み込むように見つめ回していた。けれど同じ理由で触れることはなかった。その分は、自分の足に掛かる真琴の頭や頬の感触を味わい、覚えることでなんとかするしかない。
 左手をどこに置いて良いのかをすごく悩み、上げておくのも疲れた時、突然声がした。
「お嬢様、お食事の用意が出来ました」
 ピクッと真琴の頭が動いた。
「…」
「お嬢様、お食事の用意が…」
 薫は右手の仕草でフランシーヌの言葉を遮った。
 いつか終りがくるもの、名残惜しかったが、薫は真琴の肩をポンポン、と叩き起そうとした。
「真琴、起きて。食事にしましょう」
 真琴は再びピクっと頭を動かし、今度はそのまま上半身を起こした。
「…寝てた」
「ふふ、ずっと見てたので分かりますよ。それでヒカリとは話出来ました?」
「いや、ダメだったよ」
「食事が出来たみたいだから、一緒に食べましょう」
「えっ、そんな時間?」
「食べて行くでしょう?」
「う…ん」
 今日は自分が当番だった、と真琴は思った。
「ちょっとメールする」
「あ、何か用事があるなら、食事のことは気にしなくても」
「ううん。大丈夫」
 薫は真琴の家の事情を思いだした。
「…そうだったよね。夕飯つくったりしなきゃいけないんだったよね」
「いいの。結局、ボクも大したもんは作れないから、作らないで全部買って来ても同じなんだよね」
「そんなことないよ。前に作ってもらって食べた時、すごく美味しかったよ。お肉の焼き加減も良かったし」
「あんときは生姜焼き、だったけ? あれは唯一の得意料理だから…」
「また呼んでよ、私、真琴の作るもの食べたいな」
「ん…今度は昼にお菓子とかはどう?」
「じゃ!! 開校記念日はどうですか? 私もなにか作ります!!」
 急にはしゃいだように薫が言った。
「ハハ、良いよ」
 真琴は笑顔になった。
「食事はこちらにお持ちしましょうか?」
 フランシーヌはいっこうにテーブルに来ない二人にそう提案した。
「そうね。運んでもらえる?」
「かしこまりました」
 テーブルに運び込まれた皿は、外国の人が作ったとは思えないほど一般的な家庭の料理だった。
 ドレッシングの掛かったサラダがあり、人参やごぼうの入った煮物があり、みそ汁とご飯と漬け物が並べられた。
 フランシーヌが部屋を静かに出ていくと、薫は真琴の方を向き言った。
「さあ、食べましょうか」
「いただきます」
 二人は声を揃えて言うと、食事を始めた。