フランシーヌが食器の片付けを始めると、真琴は食器をまとめて自分で運ぼうとしたが、やはりフランシーヌから止められた。
「すみません。ここでは私が片付ける事になっておりますので」
「そう、だったよね…」 
 以前に同じ注意をされた事を思い出した。彼女たちはボランティアや好意でやっているのではない。お店でサービスを提供しているのと同じなのだ。片付けに手を出すのは、遅いとか下手とか文句をつけているのに等しい。
 そうして片付けが終わり、居間は再び薫と真琴だけになった。
「少し眠くなった…」
「また、寝ても良いよ。本当なら、自分の部屋に行けばベッドが合ったんだけどね。…今、ちょっと改装しているところなの」
「事情って、そういうことだったんだ」
 真琴はメールを確認しながら、そう言った。母からメールがあり、特別なお客様のヘアメイクがあるからどのみち家では食べれない、とか、そういう内容だった。この感じだと、母の帰りは終電近くになりそうだ。
「はい、どうぞ」
 薫は座り直して、両手で両ももを叩いて言った。
「ここで寝てください」
「いや、さっきはあれだったけど…」
「夢の中の話になってしまうと、これくらいしか協力出来ないし。遠慮しないで」
 申し出を断るわけにもいかず、かと言って眠らずに我慢するのも限界に来ていたので、
「じゃあ遠慮せず借りるよ」
「はい!」
 真琴はソファーに横になり、頭を薫に預けた。
 薫は食事の時から考えていた通りに、左手を真琴の腰にさりげなくおいた。真琴が特にそれを気にする事もない、自然な仕草であった。薫は少し安心した。
 薫は右手でスマフォを取り出し、少しひまつぶしをした後、真琴が寝ているかどうか確認を始めた。真琴の腰を軽くつついてみたり、小声で呼び掛けたりした。
 全く反応がないことが判ると、少し上体を被せるようにしたり、左の掌を少しおへその方へ滑らせてみたりした。
 物凄い罪悪感と相反する喜びがあり、異常なほど鼓動が激しくなっているように感じた。
「ま、こ、と…」
 薫の指が真琴の唇に触れようとした瞬間、大きな物音がしたか、と思うと、今度は誰かが居間に入ってきた。
「何してくれんだ! カオル!」
 息を切らせて入って来た人物がいた。
 極めて冷静な声で薫は応じた。
「ロズリーヌ。静かにして」
「こんな事の為に! 私を閉じ込めたの!」
 短パンにTシャツといった格好の、その白人の女性は二人の格好を見、両手を広げて訴えるようにそう言った。
「こっちは勤務だから台所に行かなきゃなんねぇのに! セットした目覚ましも壊れて、鳴りもしねぇし」
「お黙りなさい!」
 深く、強い口調で薫は言った。この一言で、ロズリーヌは正気を戻したように姿勢をただした。この一言の反応が、年齢や体格では下だが、あくまで主従の関係上、薫が優位であることを示していた。
 真琴はその声で覚醒したが、ちょっと状況が判るまで寝ておこう、と思った。
「私が閉じ込めたわけではありません。それと、フランシーヌに『ロズリーヌをこの部屋に入れさせるな』と伝えています」
「な、何故です」
 ロズリーヌは言ったが、先ほどとは違い声量も声質も別人のようだった。
「状況はフランシーヌからお聞きなさい。良いですか、あなたは今日はこの部屋に入らないこと」
 台所の方の扉が開き、メラニーが出てきた。
「すみませんお嬢様。私がロズリーヌに正しく伝えておればこのような事にはならなかったのです。悪いのは私です」
「フランシーヌはどうしました」
「すみませんお嬢様」
 フランシーヌも、台所の方から出て来て謝った。
「薫、今日のことはもういいじゃないか、やっぱり頭痛がないのに寝てもどうにもならなかったし」
 真琴はただならぬ雰囲気を感じて、状態を起こし、家事使用人達をかばうようなことを言った。
「ね、薫。明日は品川さんもこないから、また放課後どこかで相談しよう」
 薫はすばやく明日の事を考え、すこし気が収まったようだった。薫は落ち着いた声で、こう言った。
「それじゃあ、明日は!」
 言い掛けて立ち上がった薫は、立ちくらみがしてソファーに倒れ込んだ。真琴はそれを支えようとして、一緒に倒れてしまった。ちょうど真琴が押し倒されたような格好だった。
「大丈夫?」
「ちょっと立ちくらみが…」
 上に乗ったまま、本当に立ちくらみで動けそうになかった。
「明日、どうしようか。ヒカリに話が出来てたら例の事ができるか確認するよ」
「お願いします… それが出来れば品川さんとは簡単に二人きりになれます」
 昼のことがあったので、薫の口が耳元に来ないように顔を避けていた。
「うん…それより大丈夫」
 少し体を持ち上げてみようと肩に手を掛けてみたが、微動だにしなかった。
「ごめん。もう少し待ってもらっていい?」
 薫は目を閉じたままそう言った。
 真琴はしばらくの間、そうして薫を抱えていた。
 フランシーヌが言った。
「ロズリーヌはどうやって出れたの?」
「?? 別に…扉を押したら合いたぞ。そう言えばちょっと固かったか?」
「まさか…」
 メラニーはロズリーヌが寝ていた部屋へ行った。
 しばらくして戻ってくると、
「薫様、ドアノブがへし折られてしまいました」
 真琴は自分の上に乗っている薫が、小刻みに震えているのを感じた。
「…ママに怒られる…ロズリーヌ、始末書は今日中ね。出す前に私がチェックします」
「…はい」
 そう言うと、Tシャツ短パン女はうつむいてしまった。
「メラニー、明日早々に業者に電話して見積もり取って」
 黒スーツの彼女は、素早くメモを取っていた。
「た、大変だね」
「そうなの。大変なの。まことぉ、薫は悪くないよね? 薫は良い子だよね? いい子いい子して?」
 真琴は薫の頭を撫で、
「いい子いい子。さ、そろそろ起きれますか?」
「起きれない」
「あ、悪い子…」
 と言いかけたが、なんか変なノリになって来た、と思ったので、気持ちを切り替えて言った。
「ゴメン。ボク、そろそろ帰るよ」