『ああ…… あなたの記憶に影響する部分を動作させないようにしてから実行しないと、現実が変わった事を、あなたが認識できないのね』
「どういうこと?」
『あなたにそのものを見せるわ』
 いつものテーブルの上に、見覚えのないソースコードが展開された。
 そして、このインスタンスのコードを改変した。
 クルクルと底面で周りながら、最後は転がっていくような内容だった。
『ほら、ピンクのマグカップをそこに置いて』
 私がマグカップを手にとって、目の前にトン、と置く。すると、突然底面が机に接する為の円を使って周り始め、マグカップは横転し、机を転がり落ちて割れた。
『判った? 書いた通りのコードが実行されたことが?』
「……」
『割れてインスタンスが消えるから、コード管理プログラムもそこまで検査しないでしょう』
「私のマグカップ……」
『どうやら干渉しすぎたみたい。私は逃げるわ。しばらく一人で考えてみて』
 女性の形をとっていた、光の粒が消え去っていった。
 気づくと、床に割れたマグカップが落ちていた。
「これって……」
 私は確かに今、覚醒している。
 寝ているわけじゃないのは確かだ。
 何か不注意で割ったわけじゃない。
 確かにあの女性が書き換えたコードの通り、クルクルと底を使って回り、そして転がって落ちた。
 つまり……
 私はあの女性が示したインスタンスでしかない。
 極端に言えば、私の生死も理論上、書き換え可能なのだ。
 その女性が、私を助ける意味はどこにある?
 考えても答えは出ない。
 マグカップの破片を拾うと、それはもうマグカップではなく、世界シミュレータ内では陶器の破片というような、別のオブジェクトとしての振る舞いになっていることが読み取れる。
「コードが見えるわ……」
 まるでテレビにテロップが流れるように、拾った破片に重なってソースコードが見えた。
 もしかすると、この力が必要なのだろうか。
 この方法で、コード管理プログラムに私が触れれば、もしかして、コード管理プログラムのソースが判ってしまう。それを解析すれば、コード管理プログラムを倒せるんじゃないだろうか。
『そうよ……』
 何か、声が聞こえた気がした。
「そうなの? 私にそれをしろというの?」
 けれど、私がこの世界にいたら、カウンターが回って死んでしまう。
『時間がないの』
 かすれて聞き取れないような小さな声だった。
 そうなのか。
 けれど……
 私には、読めと言われたコードが持つ影響が判っていた。
 読めば、世界が変わってしまう。
 そうすれば私が世界から取り出され、私から病気が取り除かれる。ただ、その代償として世界を変えていいのか、と言われると、あまりに自分勝手な気がした。
 だとすれば、自分はこのまま死ぬしかない。
 双方が上手く収まる方法はないのだろうか。
 私がこの病気で死なない。
 世界も変わらない。
 双方幸せだ。
『それは無理なの』
 姿の見えない女性から、絶望的な言葉が発せられる。
 コード管理プログラムさえ止めてしまえば……
『察知される』
 なんだろう。彼女には何か見えているのだろうか。
『それは』
「!」
 おぼろげに光る煙が渦を巻き、目の前で形になった。
 女性の姿だった。
 胸の宝石がないのと、着ている服が違うくらい。
 姿形はいっしょだった。
「あなた、だれ?」
『読むな、と言ったはず』
 もしかすると、これがコード管理プログラムだったのか?
『あなたがこの世界から切り離されて、生きていける保証はないのよ』
「私を襲ったのもあなた?」
『……』
「いっそ殺してください」
『……』