「コード管理プログラムなんでしょう?」
『殺すことは出来ないの。世界に干渉するものを排除は出来る。あなたが一瞬でも水晶のコードを読もうとしたら、私はあなたを殺すことが出来る……けれど』
「?」
 女性は胸に手を当てたまま、話さなくなってしまった。
「じゃあ、コードを読もうとするから、この場で殺してよ。ほら、行くわよ?」
 自分で言っていて、自分が本気なのか分からなかった。読もうというコードが頭に浮かんでこない。
 本当に死にたいのだろうか。
 いや、死にたくはない。
 けれど世界を犠牲には出来ない……
 だから……
「だから! ねぇ! 私を殺してよ」
『私は性質上、殺すことは出来ない。何千人、何万人を死なせた国王でも、戦争を指示した大統領でも、私にこの世界に干渉する権利はないの。この世界を改変しようとする者だけが対象なのよ』
「じゃあ、何もしていない私のところに何故来たの?」
『それは……』
 もしかして、コード管理プログラムはインスタンスにマーキング出来るのかもしれない。ブックマークというか、そのマークをたどれば、一瞬で捉えることができるのだ。
 だからさっきから読んだと判れば…… と言っている。それをトリガにしてマークをたどってくるのだ。
 果たしてこのシステムをかわして私を取り出せるのだろうか?
 マークを辿ってジャンプしてくるだけの時間で、私のインスタンスを世界から切り取れないと、私はこの世界にとどまり、その中で殺される。
「さっきマグカップのコードへ干渉したのに気付いたの?」
『そうじゃないわ』
「じゃあ何故」
『読んではいけないの。世界を変えてはいけないの』
「私が読みそうだった、というの?」
『そうなるわね』
 死にたくない、と思った時に、無意識に読みかけていたのかもしない。
 読んでしまえば世界が改変される。
「あなたは世界の改変を止めないの?」
『……止めるわ』
「今あるコードを消せばいいじゃない」
『それは世界の干渉になるの』
 そうか。
 そうだったのか。
 世界に干渉しない範囲では、コード管理プログラムは手が出せないのだ。
 だから水晶のコードを『読め』と言っているのだ。
『読んではだめ』
「安心して。水晶のコードは読まないわ。だから、ここから去って」
 そうと判れば私が救われる方法があるはずだ。
「早く!」

 私はその後、一晩中コンピュータに向かって、少し休むつもりでベッドの上に寝転がると、昼まで寝てしまった。
「きっと、あらかじめ決めた条件で発動するようにプログラムを組めば問題ないはず」
 ぼんやりと天井を見ながら、昨晩考えていたことを口に出した。
「後は、コード管理プログラムを改変出来る権限さえあれば」
 上体を起こすと、突然お腹が減ったことを思い出した。
 何か作って食べるとかは頭になかった。
 パソコンを開いてデリバリーの中から食べたいものを見つけようとしていた。
 そのままパソコンからピザを注文し、そのままニュースやSNSを覗きはじめた。
 小さく自分のことがニュースになっていた。
 ニュースの内容は読まなかった。私の名字がたいとあるに入っていて、女性へのセクハラ、と書いてあった。おそらく昨日のテレビをそのまま記事にした程度の内容だろうが、こうやって興味もなかった人間へとあたかも事実のように広がっていく。
 中島所長は頑張っているのだろうが、広がった後で相手を裁いたところで何の抑制にもならない。
 最終的に裁判でかっても、こっちの名誉は戻らない。勝った時に流れるのは、裁判になったこととどちちらが勝ったかという内容だ。もう一度誤報内容を伝えては本末転倒だからだ。けれど、そういう刺激的な内容なしでは、何の裁判だったか、報道がどんな酷いことをしたのかなど、誰の興味も引かない。
 興味を引くためにはもう一度、誤報内容を伝えることだが、それを伝えると、事実無根のことが真実のように思われてしまう。
 刺激的なことが事実であって欲しい、という偏見が蔓延しているのだ。何も触れずに、ただ忘れ去るのを待つしかない。
 デリバリーのピザが届き、一片を口にすると、それおをコーラで流し込んだ。
「この世界の言語で、あの言語への翻訳プログラムをかけるはず」
 私は例のコードを読んだ瞬間にコード管理プログラムがやってくる仕組みを変えようと思っていた。
 私自信のインスタンスに仕掛けられたトリガーか、例のコードを読むというメソッドに、コード管理プログラムを呼ぶように記述されているのかもしれない。
 とにかくなんらかの方法で読むと、私を排除しにこれるようになっているのだ。