『……羽根が生えていて、顔や口は大きなトカゲのような、火を吹く怪物です』
「ドラゴンはわかるけど」
 確かに私が立っているカゴの床は板状のものだが、左右広がっているのはウロコのついた翼だった。
 そして、前方に伸びた首の先が曲がって、チラっとこちらを向いた。
「ドっ、ドラゴン!」
『大丈夫ですよ、完全にコントロールされていますから』
 あたりは真っ白で、寒くて、少し震えた。
『少し下におりましょう』
 老人が奇妙な声を上げると、再びドラゴンがこちらを、チラッと見た。
 すると、胃の中がふわっと持ち上げるような感覚があった。飛行機がストンとおちる時のような。
「あっ!」
 急に視界が開けた。
 どうやら雲の中を飛んでいたようだった。
 眼下には雪を冠した山々、大きな湖、そこから出ていく川の流れ、美しい木々が作り出す森。まるで地球と同じだった。
「綺麗」
『よかった』
 老人はまた奇妙な声をだした。
 ドラゴンは首を曲げて、こちらをチラッと見やる。
『しっかりつかまってください』
 ドラゴンの上に乗せたカゴにしがみついた。
 翼が風を切る音が大きくなり、顔にあたる風やしずくが痛かった。
 景色が今までに増して速く流れていく。
 雪山や湖の風景がなくなると、古い西洋の街のように、石でつくられた建物が並び始めた。
『ここは旧市街です。今も人が住んではいますが』
 更に飛んでいくと、河口近くに大きなガラス張りの建物が立っている近代的な街が広がってきた。
「海!」
『こちらがインターセンという街です。こことさっきの旧市街の間にあるところに女王の土地があります』
「人はいるの? 小さくて見えない」
『街に出てみましょう。あなたは誰からも見られてないことを意識していてください』
 海上まで出ると、旋回して陸地へ向かった。
 下がるスピードが早すぎる、と思っていると、ドラゴンは海に落ちた。
 着水は激しかったが、海上の方がドラゴンの乗り心地は良かった。上下には揺れず、大きな風切り音もしなかった。
 そのまま大きな倉庫のような建物へ泳ぎ着くと、ドラゴンは停止した。
 私達がカゴから降りると、ペタペタと登っていき、その屋根の奥へ行ってしまった。
「どこへ行ったの?」
『ご覧になりますか?』
 私がうなずくと、老人は手招きをして扉を開けた。
 扉の先には荷物ようのエレベータがあり、そこを上がった。
 そのまま長い通路を歩いていくと、再びドアを開けた。
 何人かの人が窓の方を向いて、マイクに向かって声を出していた。だが、一人が老人に気づくと、全員が立ち上がって老人の方を見て、頭を下げた。
 何か一言二言、声をかけると頭を下げるのをやめ、仕事に戻った。
『どうぞこちらへ』
 そう言うと、仕事をしていた人が老人の方を不思議な目で見た。何を言っているのか、誰に言っているのか、全く分からないのだろう。
 窓の方へ寄っていくと、ここがさっきの大きな建物の屋根のあたりであることがわかった。完全に近づいて、窓から下を見た。
「こ、こんなに沢山……」
 眼下には多数のドラゴンが羽根を休めていた。
 コンベアのようなものから流れ落ちてくる餌に顔を突っ込んで食べていたり、大型の回転ブラシで体の手入れをされているドラゴンもいた。
『ここから、それぞれのドラゴンにフライトの指示を出したり、食事や休憩のコントロールをします。ここにいるのは全て飼いならしたドラゴンですが、野生のものもいますよ』
「へぇ……」
 私が読む小説の中でもドラゴンが出て来るが、どうやってどこにいるのかまでは書かれていなかった。こんな飼育場のような建物があるとは…… というか、水に着水するとは……
『我々の世界です。この世界を守るには女王が必要です』
 ドラゴンへ指示を出すオペレータが、老人の背中をじっと見て、私の場所を推測したように見つめた。
「女王はいるじゃない?」
『女王は…… はっきり言いましょう。もう長くありません』
「あんな若いじゃない?」
『あなたも充分若い。同じことです』
「まさか」
 老人はうなずいた。
 命の交換をするのだ。
 私はこちらの世界に生き、女王は私の世界にやってくる。世界を移動するときに、病気を取り除いてしまうのだ。
「交換して、もう一度交換したら?」