振り返らず厳しい声だけが響く。
「は、はい!」
 中里先生、違うんだよ、チアキが悪いんだよ、チアキが。見ればわかるのに……
 そんな感じで、午前の授業はずっとチアキに翻弄されてしまった。



 昼休み、チアキを連れて皆で購買へ行って、パンやらおにぎりを買った。
 校庭を眺められるいつもの木陰で、ごはんを食べていた。
「夏の合宿だけどさ」
「オレーシャが言っていた〈鳥の巣〉でやるっていうあの合宿」
 マミが説明を加えるように言った。
「うん。みんなは行く?」
「成績が関係するんじゃないの?」
 マミの発言は、ミハルやチアキに言うかのようだった。
「ソフトウェアが出来なきゃいけないんだっけ」
 マミはそう付け加えた。
「それなら私はバッチリね」
 チアキは自慢げに言う。
「選ばれるかな」
「両親は〈鳥の巣〉に行くのに反対しないの?」
「言わないけどね」
「無理だよ、両親の同意書がいるはずだもん」
「……」
 マミはまるで今聞いたかのようにショックを受けていた。
 さっきまでの流れからすると、本当に知らなかったのかもしれない。
「私は大丈夫」
 ミハルが初めて口を開いた。
 チアキが続いた。
「みんな行くの? 行くなら許可取ってみようかな」
「私は行く。行かなきゃならない」
「キミコ。あんた、そう言うけど成績が関係するんでしょ? ソフトとか出来るの?」
「キミコは大丈夫よ。一度〈鳥の巣〉に入ったこともあるし」
「えっ…… 危なくないの? 〈転送者〉って〈鳥の巣〉の中だとまだ出るって」
「〈鳥の巣〉の外でも出るよ」
 ミハルがボソリと言った。
 チアキが少し震えたように見えた。
「チアキ、怖いの?」
「キミコが入れるんだもの、大して怖くないんでしょ? 両親が許してくれれば入れるわよ」
 チアキは逃げを打ったのだ、と思った。自分は怖くないけど、両親が止めた、とすれば行かない言い訳になるというわけだ。
 マミはさっきの感じでは、行けそうにないだろう。きっと両親を説得出来ないのだ。
 ミハルがどうするかが読めないが、おそらくいかないだろう。結局、今度は私一人だ。
 それでも行くしかない。私の止まった時間を取り戻すには、〈鳥の巣〉に入る以外にないのだから。
 昼食を終えて、皆で教室へ帰る途中、廊下でオレーシャ・イリイナ先生とばったりあった。
「白井さん。合宿参加希望でしたね」
 さっきまで話していたせいか、皆がピクッと反応した。
「水着用意しといてくださいね。プール使えるそうですヨ」
「……水着ですか」
 マミの水着はみたいが、自分が水着になるのはイヤだ。
「プールですよ? もっと喜んでください。他の人は合宿参加しないのですか?」
「……どんなプールですか?」
 そう言ったのは以外にもミハルだった。
「元は国際空港の近辺では一番ランクの高いホテルのプールだったようですヨ」
「宿泊もそこですか?」
「扉がないように改造はしてますけどね。そのホテルと聞いています」
「!」
 それを聞いてチアキの表情が少し変わった。マミも何か考えている風だった。
「まあ、ドアがない時点でどんな酷い部屋かは想像付きますけど」
「そんなことないんじゃない? きっと素敵な部屋に違いないわ」
 私の言葉にチアキが反論してきた。
「チアキ、建物にドアがないって状態分かる?」
「キミコは、元が超一流ホテルってことを分かってないのよ。どんだけ凄いんだってこと」
「とにかく、合宿には水着持ってきてくださいネ」
 オレーシャは手を振って去っていった。
 チアキが言った。
「すこしやる気が出てきた」
 マミが興味をもったようにチアキに言った。
「そんなにいいホテルなの?」
「〈鳥の巣〉でどれだけ悪化しているかわからないけど、普通ならこんな感じ」
 チアキがスマフォを見せる。
 綺麗なプール。豪華な食事、広々とした部屋、眺め、家具の質……
「すごいね。豪華だね」