『相互に移動するような特性があれば…… それも出来たのでしょう』
お互いに世界を行って返る力はないということか。移動してしまえば、そこまで。
帰り道をすすめる能力はないか、消えている。
それが出来れば、世界を牛耳るというか…… それはそもそも次元の違う生き物だ。
「そう……」
『あなたのそのコードを読む力はまさに女王の力です。ドラゴンの王を御する力』
「ドラゴンの王?」
『それだけではありませんが、最も強力な王を抑えられないと、ゴブリンも、トロールもやってきます。均衡は崩れ、争いが始まります』
部屋にいたオペレーター達が全員立ち上がった。
老人が頭を下げた方向に向かって、頭を下げた。
見えない私に向かって、女王になってくれと言っているのだ。
ドラゴンを抑えろと。
もう、引き返せない状況があった。
自分の世界側の犠牲と、こちらの世界の犠牲。
私の命と女王の命。
何が重くて、何が軽いとか、そんなことは言っていられない。
『さあ、次はどうなさいますか?』
「帰ります」
『少し時間がございます。それまで、女王の城でおやすみください』
別のドラゴンが待機していて、そのかごへ乗った。
水の上でスピードを上げると、今度は羽根を広げ、水の上を助走した。
勢いがついたところで、大きく何度か翼を動かすと、フワッと空中に上がった。
『インターセンと旧市街の間の川岸、岸壁の上に城はあります』
老人が指さした。
小さく城が見えた。
灰色のような、黒のような、重量感のある建物だった。
形は西洋の城のようだ。
上昇したドラゴンは、城の上をクルクルとと回りながら下りていった。
止まり木のような太い梁の上に、狙いすまして止まった。
背中のカゴにも、相当のショックがあり、もう少しで飛び出しそうだった。
『大丈夫ですか』
「ええ、なんとか」
ドラゴンが太い梁を横に移動すると、城から人が出てきて背中に階段をかけた。
老人がまずそこに降り立ち、私を受け止めてくれた。
階段を降りると、城の中へ入った。
誰にも私の姿は見えていなかった。
侍従なのか、城の使用人が、老人を避けた後、すぐに歩き出そうとして、見えない私と何度かぶつかった。
「いて」
『?』
見えていないだけで、物理的には存在する。そうでなければこの床を抜けてどこまでも落ちていくか、天井を関係なくどこまでも空へ登れるはずだ。
つまり、ロジック的に認知されないと言った方が正しいのかもしれない。
『申し訳ございません。後で気をつけるように言っておきます』
「私は見えないんだし、狭いところを進むのだから、しかたないですよ」
『おっしゃる通り、広い通路を通れればよかったのですが。なるべく人に会わないためにはこの通路しかなかったので。重ね重ねすみません』
そうやって曲がりくねった通路を通り抜けると、天井が倍になり、幅が五倍はあるかという廊下に出た。
そこを渡ると、大きなドアを開けた。
『こちらでお休みください』
天蓋のあるような大きなベッドだった。
この寝室だけで自分の家と同じくらい広い。
その何もなさ加減に落ち着かなかった。
『お着替えが必要でしたらこちらで』
そこに着替えやタオル類を並べてあった。
「ありがとう。ところで帰れるような時間になったことはどうやって知ればいいの?」
『そこの鐘を鳴らします。その後、私がこちらに来て声をかけますので』
「わかりました」
頭をさげると、老人は出ていった。
ドアのところに行って鍵をかけようとしたが、ロックらしいものがなかった。
押してみると、さしたる抵抗もなく開いてしまう。
「どうしよう……」
この世界の人から認識されないのであれば、鍵かかかってようと、なかろうと変わらない。
透明人間というわけではないが、認識されなければいたずらし放題のはずだ。
ベッドに戻って休みたい気持ちと、この部屋を出て世界をもっと見てみたいという気持ちがせめぎ合った。
老人は何も警告しなかった。決して部屋を出ないでくだい、とは言わなかった。
何故だろう。もうそういう歳ではない、と思われたのだろうか。
このドアに鍵がかけられたら、あるいは老人が鍵をかけて行ったらこんなことを考えず、そのままベッドで寝てしまっていたろう。
『どういうこと?』
コメント