私はそそくさと階段を下り、トイレで素早く着替えた。部屋着は袋にいれて下駄箱に突っ込んだ。
 そのまま寮の端にある通用口を出て、カメラの死角を回って近くの林に抜けでた。
 このまま壁まで進むと、土がえぐれている場所がある。

『ここの壁、お前の寮の壁だよな』
 鬼塚は車を止めたかと思うと、私にそうたずねた。
『そう…… みたいですね』
 車を降りると、鬼塚はスマフォで地面を照らした。
『何か落としたんですか?』
『以前、ここを通り掛かった時、動物の飛び出しがあった』
『それがどうかしましたか?』
 こっちは早く帰りたいのに。
『お前を呼び出す時、いつも学校を通していたら面倒だからな』
『えっ? 残念ですが私、鬼塚刑事には興味ありません』
『期待していたのかも知れんが、そういう呼び出しじゃない』
 暗くなりつつある中で、鬼塚の目は虎のようだった。
『〈転送者〉関係での呼び出しだ』
『ああ…… そうですね。けど、鬼塚刑事のお役にたてるとは』
『お前には高さがある。危険なことはさせられないが、いつもいつもドローンが用意出来るわけでもない』
『はぁ…… 私は予備のドローンですか』
 鬼塚は急にからだをかがめた。
『そういう言い方をするな。お前だって〈鳥の巣〉に入りたいんじゃないのか?』
『……はい』
 鬼塚は、急に犬のように穴を掘りはじめた。
 雑草の上にどんどんと土が盛られていく。
『うわっ……』
『これなら人でも通れるだろう。こっち側は枝とかで適当に隠しておくから、お前も暇な時に反対側を隠しておけ』

 そういえば、鬼塚刑事に穴を隠しておけ、と言われていたのだ。今の今まで忘れていた……
 そもそも壁のこちら側から穴を探せるのか?
 壁が見えてくると、私は土の見える部分を懸命に探した。
「見えない……」
 壁の近くにくると、外灯が届かないせいかあたりは一層暗かった。 けれど壁伝いに歩けば絶対に見落とすはずはない。
 しばらく壁沿いにあるくが何も見つからない。
 壁は高く、手が届くとは思えない。
 翼を使えば、あるいはと思うが、低木が邪魔で羽ばたけるスペースはない。
「どうしよう……」
 スマフォで時間を確認する。
 鬼塚刑事はそろそろ来ているだろうか……
「……」
 その時、何かが変わった。
 穴の位置がこの先にあると確信した。
 ただ、何故かがわからない。
 記憶が戻ってきたわけではない。壁の逆側からみた記憶しかない。
 だから、それは記憶ではない。
「……呼ばれたのね」
 鬼塚刑事が言っていた『呼べ』という感覚が、少しわかった気がした。
 鬼塚は穴の反対側で『呼んで』いるのだ。
 私は呼ばれている方向へ走った。
 ここらへんのはず。
 確信はある。けれど地面の様子がよく見えない。
「!」
 しまった……
「何やってるんだ」
 見上げると、目の前に鬼塚刑事がいた。
「早くしろ」
 手を伸ばしてくる。
 私はその手に両手でつかまった。
 まるで機械のように軽々と引き上げられる。
「うわっ…… なんだ? 泥だらけじゃないか」