『何も言わずに、まず研究室にきなさい。会って話したいことも色々話もあるの』
「はい」
 逆にいえばこの世を離れることが分かっているのだから、研究室にいったとしても問題はない。杏美ちゃんに何を思われようが……
 すこし、この世界でやって置かなければならないことを思い出した。
 研究室に行こう。
 行ってはっきりさせよう。



 私は研究棟に着くと、入り口で立ち止まった。
 オートドアだが、近づいても開かない。
「どなたかお約束ですか?」
 警備員から声をかけられる。
「いえ」
 言いかけたところで、警備員が話しかけてきた。
「すみません、坂井先生でしたか。カードをお持ちではありませんか?」
 カード…… そう言えば、テレビニュースが来た日に渡されたような……
「そう言えばそうでしたね」
 バッグを探すと、カードが見つかった。クリスタルが描かれたデザインのカード。
「これですか?」
「そうです。仕組みもご存知ですか?」
 仕組み、仕組みって、何か、ああ、操作抜けをすると出入り出来なくなるという話のことか。
「操作しないと出入りできなくなるという?」
「そうですそうです。扉が開いていても、かならずこのカードリーダーにかざしてください」
 この棟が出来る前に打ち合わせで聞いた話だ。
 操作抜けしてしまったら…… パソコンでロックを解除するか、警備員に連絡しないと出られなくなるのだ。
「はい。大丈夫です」
 私は入り口のオートドア横にあるリーダーにカードをかざして開けた。
 振り返ると、警備の人が微笑んでいた。
 問題は、ここから自分の研究室までのルートを思い出せるかということだった。
 入り口から中央奥のガラスの階段を上がっていくと、突き当りにフロアの案内図を見つけた。
 ここはツインタワーの中央にあたる部分だ。
 水晶のクラスターを模した建物は大きく西と東に分かれている。
 私の棟は左、西の棟のはずだった。
 エレベータを見つけて歩いて、上へ上がるボタンを押す。
 エレベータが下りてきて、ドアが開くと私は中へ入った。
 しかし、上のフロアのボタンを押すのだが、全く反応がない。
 変だと思って、今度は1階のボタンを押すと光った。
 更に下のB1Fは行けない。
 私は一階と二階を何度か行き来した。
「!」
 警備員から言われたことを思い出した。
『行けても行けなくてもカードをかざしてください』
 もしかすると、カードをかざすところがあるのではないか。
 そう思ってエレベータ内を見回すと、それらしき部分を見つけた。
「ここ?」
 カードを当てると音がなった。
 そして、目的の11Fを押すと、ボタンが光った。
「ふぅ……」
 私はため息をつき、エレベータの中を見回した。
 天井部分にカメラを見つけた。
 きっとあの警備員が私がカードを当てるまでの顛末を見て、笑っていたかもしれない。
 そう考えると、恥ずかしくてカメラ側を見れなくなった。
 エレベータは静かに止まり、ドアが開いた。
 ガラス張りで明るかった一二階の印象とは違い、11階は窓もなく暗い印象だった。
「坂井先生」
 丸い廊下を歩いていると声をかけられた。
「どうしたんですか? ずいぶんと研究室には来られていないし。もう忘れてしまったんですか?」
「そんなことないわよ」
「研究は順調に勧めていますよ。もうすぐXS証券の光ファイバーケーブルは、全部光学異性体ケーブルに置き換えます」
 話しかけてくるせいで、私は足がすくんでしまった。
「本当にどうしたんですか? 何か気になることでもありますか? 坂井先生」
「なんでもないわ、上条くん」
 私の研究を一番理解し、考えに賛同してくれていた、と思っていたのに。
「この棟が立ってから、研究室来られてませんでしたっけ? こっちですよ」
 上条は振り返って歩きだす。
 私はそのまま動くことが出来ない。
「本当にどうしました? 体調でも?」
 足が震えてきた。
 この人には言って置かなければならないことがある。
「杏美ちゃん」