私が読んだ水晶のコードにより、世界中の水晶の動きが変わってしまった。
 存在する水晶が発振しなくなったのだ。
 この|性質(コード)がもたらす変化は致命的なものだった。
 水晶が作り出す矩形波が、デジタルデバイドの肝になっている。
 コード管理プログラムも、その大きな混乱によって、私が消え去ることと、女王がこの世界に転生することを追うことは出来なかった。
 世界に起こる大規模な混乱をただ見つめるしかできない。
 発振しない水晶は、全世界のコンピュータを停止させた。
 D−RAMは記憶を失い、狂った電子回路は磁気記憶装置や、不揮発性メモリにも傷を付けた。
 コンピュータで制御された航空機がコントロールを失い、コンピュータでやりとしている通信はすべて意味のないものとなった。
 重要な取り引きが失敗し、航空機を始めとする電子制御の乗り物が事故を起こした。
 墜落に次ぐ墜落。
 衝突、停止、事故、事故、事故……
 私がこの世界から消えつつある間、世界中の悲鳴を聞き続けていた。
 通信が出来ない為に、他の誰かが、今、どうなっているのか、知るすべもない。
 世界中の大事故は報道出来ないし、自分が載っている飛行機が落ちていくのかもわからない。
 水晶の棟で、中島所長は目の前の情景を見て、自分がなぜ猟銃を持って、上条を撃ち殺したのかを考えた。
 ついさっきまで覚えていた、そんな気がする。
 大切なものの為に……
 それ以上の考えが出てこなかった。
 大切なもの……
 それは何だったのか、思い出せないでいた。
 部屋を出ようと、カードリーダーにカードを当てるが何も動作するようすがない。
 水晶のコードが書き替わり、コンピュータが動作しないことが原因だった。
 中島所長にはそれを知る由もない。
 私は消えかかったている世界の中で、中島所長に手を伸ばしたが、消えた。
 
 
 
 私は突然玉座に現れた。
 女王との交換が終わったのだ。
 私にとっての、新しい世界。
 目の前に、黒服の老人が膝をついていた。
 前世で経験した記憶が蘇ってくる。
 まずい。
 この老人は、私を消そうとしている……
 老人が顔を上げるとニヤリと笑い、こう言った。
「あなたを女王とは認めない」
 すると、老人の背中側にいた者が、さっと長い筒をこちらに向けた。
 銃だ。
「やめなさいっ!」
 言ってもどうにもならない、そう思っていたのに、その言葉が口をついた。
 バンッと大きな音が広間に響いた。
 し…… 死んだ?
 私は胸に手を当てた。
 目の前に、もう一人胸に手を当てている人物がいた。
 それは黒服の老人だった。
「何故……」
 弾丸は貫通していないものの、背中に大穴を開けていた。
 吹き出した血が、老人の足元、そして撃った男の方へと流れていく。
「何故裏切った……」
「初めから裏切っていませんよ。あなたに仕えるものはもういない」
 黒服の殺し屋が、顔を覆っていた布を取ると、老人は最後の力を振り絞って指さした。
「お前…… か……」
 老人はうつ伏せに倒れ、起き上がることはなかった。
 長い筒を持った男が代わりに私の前にやってきて、ひざまずいた。
 私は男の声に聞き覚えがあった。
「危機を救ってくれてありがとう」
「当然のことです」
「前の世界で救ってくれた甲冑の男はあなたですね?」
 男は小さく頭を下げた。
「この世界に来たばかりで、わからないことだらけです。これからも助けてくれますか?」
 男はもう一度、頭を下げた。
「お願い、顔を上げて。普通に話せる人が必要なの」
 男が顔を上げた。
「ほらっ」
 手であおぐように仕草すると、男はゆっくりと立ち上がった。
 私は指で男の脇腹をつつき、言った。
「笑いなさい。女王の命令よ」
 意味がわからない、と言った感じに戸惑っていたが、しばらくすると男はニッコリと笑った。
 世界を水晶のコードで破滅させてしまった過去、女王の代わりとしてやってきたこの世界の未来。二つの巨大な不安に押しつぶされそうだった私の気持ちが、男の笑顔でほんの少しかもしれないが、救われた。
「さあ、行きましょう」
 そして私は玉座から、この世界での初めての一歩を踏み出した。



 終わり