砂倉署に行くには〈鳥の巣〉から出た履歴が残るはずで、そう言った正式な退出の履歴はないし、ゲートの画像検索しても出てこない。つまりはあの中の山咲には、〈鳥の巣〉の外に出た形跡はないということらしい。
「……」
「後、あの髪留めのことを病院の人に聞いてみたんだけど」
「なにかわかったんですか?」
「その人、たまたま〈鳥の巣〉内で働いていたらしくて、おなじような異常行動と頭部へ接触する機器をみたらしいの」
 新庄先生が言うには、最初はヘッドホンのようなサイズだったらしくて、すぐに分かるようなものだった。中の部品も一つ一つが大型で、発展途上国が作ってもこんなにはならないだろうというものだったようだ。
「それが…… 一年、六ヶ月、三ヶ月…… と斬新的に進歩して最後は単なる模様が書いてあるだけでも動作するような小さな機器になったそうよ。この髪留めの…… ほら、ここみたいに」
 スマフォの画像を拡大すると、確かに一部に白黒で模様が描かれている。
 更に拡大するとぼやけて何かわからなくなったが、どうやらこの小さな部分を頭部に近接させて人をコントロールするらしい。
「〈扉〉の向こうの技術らしいから、その人は『似ている』以上の判定は出来ないそうだけど」
 もしかして…… 私は持っていたチアキのカチューシャを取り出した。
「何?」
 赤黒のカチューシャの内側をずっと端から見ていく。
「それって、あの|娘(こ)が、えっと、ミハルちゃんだっけ?」
「いいえ、これはミハルのものではなくて……」
 あった。
 カチューシャの一部が少し欠けていて、そこからさっきの模様の一部のようなものが見える。
「何? なんかあったの」
「先生、ここ。それと似てませんか?」
 先生が覗き込む。
「そこをもう少し割って中を見たいわね。切ってみましょうか」
 机の引き出しを開けて何か探している。
 これを割っていいか、ミハルに聞くべきだろうか。
「……」
「どうしたの?」
「割っていいかは判断つかないです」
「もう少し見れれば一致するか分かるのよ。あなたがやらないって言っても私はやるわ」
「あっ」
 先生は奪い取るようにしてカチューシャを取り、机の上で欠けた部分にカッターを入れた。
 割って取り出すわけではなく、埋められた白黒の模様部分を傷つけないよう切って広げるのに苦労していた。
「ふぅ……」
 先生はその小さな部分をスマフォで撮影した。
 すると何やらアプリを使って、一枚の半透明にし、二枚の写真を重ねていた。
「こうやって…… こっちかな? ほら。回転させれば……」
 写真の白黒の模様がほぼ一致した。
「うん。ちょっと歪みがあるから完全には重ならないけど。これもあの髪留めと同じ。〈鳥の巣〉の向こう〈扉〉から来たものね」
「……」
「で、これは誰のカチューシャなの?」
「誰というわけでは」
「ミハルちゃんのではないのね。けど、これはあの娘のしているものとそっくりだわ」
 新庄先生はカチューシャを返してくれた。
「〈扉〉の向こうの連中が作ったものと思って間違いない」
 私はカチューシャを眺めながら、その白黒の模様がある部分を覚えた。
 またこれが使われた時、どこを破壊すればいいのかが分かるからだ。
「ずいぶんそのカチューシャが気になっているのね?」
「えっ…… まぁ……」
「白井さんに言っておきたいことがまだあるわ」
 新庄先生はパソコンを広げ、パッドで何か操作した。
 画面に保健室の様子が表示された。
「今日の防犯ビデオを見返したの」
「えっ……」
「ちょっとみて見て。これが朝。私が来る前」
 保健室の机が映っている。
 ちょうど、私の真後ろから取っている感じ。
 振り向くと、部屋の内側に突き出た柱にビデオカメラが付けられていた。
「そうね。あれで撮影している映像ね」
 新庄先生はまたパッドに指を滑らせると、映像が進んだ。
 私達が部屋に入った。
 画像は、連続した動画ではなく、切れ切れの写真がスライドショーのように切り替わるものだった。
「なんか人がピョンピョン動きますね」
「秒一コマぐらいだから、どうしてもこういう映像になるみたいね」
 先生はカーソルを机に合わせ、パッドをトントンと指を叩いた。
 すると画像が拡大された。
「ほら。まだ机の上には髪留めがない」