「……よし」
 中谷も亜夢と同じようなゴーグルを付けてシートに座った。
 ノートPCのパッドを操作してタップすると、中谷も声を上げた。
「おぉ……」
「いやぁ〜〜」
 亜夢が声を上げた。
「おいっ! どうした!」
 パイロットと話していた加山が声をかける。
「裸の男の人が現れました!」
「そんな訳……」
 加山は中谷がVRゴーグルをしていることに気付いた。
 そして中谷のVRゴーグル、パソコンと繋がっていたケーブルを引き抜いた。
「これで消えたろう?」
「あっ、消えました」
「よし。中谷、いいか、警告するぞ。二度とするな」
 それはヘリの室内でも響くような大声だった。
 中谷はゴーグルを外さず、震えながらうなずいた。
 加山は座席に戻ってパイロットに合図した。
 エンジン音が高まって、機体が浮き上がった。
 ヘリコプターは垂直に上昇続けた。
 高度がでると、今度は前傾して更に加速を始めた。
「気持ち悪い……」
 亜夢は目に見える景色と体が感じる加速度に強い違和感を感じていた。
「中谷、映像を合わせてやれ」
「……」
「中谷、聞こえてるんだろ?」
 ゴーグルをはずして、亜夢の映像の調整を始めた。
「亜夢ちゃん、こんな感じでどうかな?」
「はい…… だいぶ楽になりました」
 亜夢が見ている映像も飛行高度で海の上を飛んでいる映像だった。
 ただし、どこへも到着しない無限の映像だった。
「中谷。気持ち悪いから、『亜夢ちゃん』で呼び方やめろ」 
「……加山さんに気持ち悪いって言われる筋合いはないです」
 小さいほおを膨らませて怒った風の顔をつくる。
「加山さん、別に『亜夢ちゃん』でもいいですよ」
「いや。君が呼んでもいいとか、悪いとかという意味じゃない。仕事と私事の区別がわからなくなる、という理由があるんだ」
「じゃあ、『亜夢たん』ならいいですか?」
 加山は中谷の頭をはたいた。
「お前は、彼女のことは『乱橋さん』と呼ぶこと」
「……はい」
 声だけを聞いていた亜夢は、なんとなく加山と中谷のやり取りを頭のなかで想像してクスッと笑った。
 
 
 
 ヘリが着陸する寸前まで、亜夢は寝ていた。
 ゴーグルに映し出されている映像が、暗くなったせいもあったが、単調なプロペラの音以外に何も聞こえない影響も大きかった。
 しかし、ヘリが空港に付くかというところで、耐え切れずに目をさました。
 強力なノイズが、頭に直接放射されはじめたからだった。
 ここは、特に超能力者に侵入されては困る場所なのだ、と亜夢は感じた。
 超能力干渉電波を受けると、超能力をつかうような脳の働きが阻害される。どんな超能力者にも聞くという結果が出ている。普通の人間で言えば、ずっと隣で何かを叫ばれているような状態、なおかつその内容が自分に関係しているとしか思えない内容である、といった感じだろうか。無視しようとしても無視できないノイズなのだ。
 ヘリコプターが着陸すると、亜夢はゴーグルをはずされた。
 着陸場所は飛行場の隅のようだった。下りて、飛行場を歩いている内、ここが通常の飛行場ではないことが分かった。目に入る機体が通常の航空機ではなく、戦闘機の類や、大型の輸送機だったからだ。
 亜夢は加山にたずねた。
「ここは……」
「質問されても答えられん。ここからは車で移動する。車に乗ったらまたゴーグルを付けさせてもらう」
「わかりました」
 亜夢の頭の中に、かなり強いノイズが入ってきていた。
 もうこの周辺は大都市圏に違いない。超能力者はこの干渉電波をテレパシーとして受けてしまって、寝れなくなくなるのだ。物理的な音なら慣れで無視出来るのだろうが、超能力者にとって直接入り込んでくるこのノイズは、慣れて無視することが出来なかった。
「乱橋さん。もうだいぶ影響あるかな?」
「……」
「超能力干渉電波だよ。空港だから相当強く出ているはずだよね」
 亜夢はうなずいてから、答えた。
「何も考えられなくなるぐらいです……」
「ほら、コレをするといい」
 中谷がカバンから白い大きめのヘッドホンを取り出した。
 耳あて部分が大きく、その真ん中に赤く文字が入っていた。
「本当はヘルメットタイプが良いんだけど、持ち歩くには大きすぎてね」
「ヘッドホンですか?」
 亜夢はヘッドホン受取り、それを眺めた。