先頭車両の女性に動きはない。
『(気づいてはいないみたい)』
 マミの手を握る。
 車両が完全に停止し、目の前のドアが開く。
 ホームには誰もない。
 先頭車両の女性にも動きはない。
 駅のアナウンスが流れる。
『(行くよ?)』
『!』
 ドアが閉まり始めるタイミングで私はドアの外にでた。
 しかし、繋いでいたてが引っ張られる。
『痛い!』
 私はマミの声に、一瞬、手を離した。
『マミっ?』
 横にマミはいない。振り返るとドアは閉まっている。
『マミっ!』
 マミの後ろに、赤黒のカチューシャをした女性が立っている。
『マミ!』
 叫んでいるマミの声が、ドア越しに小さく聞こえる。
『助けて!』

 繰り返し繰り返し、何度も何度も、あの光景が思い返される。
 ためらわずにマミをこっちに引っ張っていれば…… もしかしてさらわれずに済んだかもしれない。
 そう思うと、余計に悔しくなる。
「聞こえてるか?」
「……」
「だから、聞こえてるか?」
「なんですか?」
「聞こえてなかったみたいだな」
「……」
「白井も見た地下のあの化物は、あの後、軍が完全に排除した。だから、連中が来い、と言っているのは冷却層である地上一階より上のことだろう」
「冷却層…… ですか?」
「一階から上は〈転送者〉の出入りが多すぎて〈扉〉を消去できていない。だから〈転送者〉を出さないために冷却層で壁をつくっているのさ」
 なんとなく、ぼんやりと想像した。
「冷却層の上のフロアも、冷却層よりはましだが相当に寒い。そもそもセントラルデータセンターはコンピュータを冷やすために冷却装置はかなり充実していたが、それが〈転送者〉が活性化しないようにする役にたっている」
「お前、寒いなかで戦えるのか?」
「知りません」
「……それもそうか」
 急に車にブレーキを掛け、道の端に出ると、ターンして、南に向きを変えた。
「自分で言ってて忘れていたよ。寒い中で戦える、薄くて暖かくて動ける服が必要だ」
「今買える訳……」
「新庄んところだよ。ほら、電話してくれ」
「私が言うんですか?」
「だれが着る服なんだよ」
 小刻みにハンドルを操作しながら、鬼塚が言った。
「電話します」
 スマフォを取り出して、電話をかける。
 何回かコールしても出ない。一旦切ろうか、と思った頃に新庄の声がした。
『白井さん? 珍しいわね』
「あの、私、またセントラルデータセンターに行かなきゃならなくて」
『えっ? なんで? けど、私行けないわよ?』
「あの、そうじゃなくて、また服を」
『服? またドロつけちゃったの?』
「……」
 スマフォを膝に置くと、鬼塚がちらりとこちらを見る。
「どうした? 早く話さないと家に着くぞ」
 スマフォを再び耳につける。
「新庄先生、私、セントラルデータセンターの上のフロアに行くんです。薄くて、暖かくて、動きやすい服をお借りしたいんです」
『今の季節ってわかってる?』
「わかってます。けど、いそいでるんです」
『……』
 通話が切られてしまった。私は膝にスマフォを置いた。
「用意してくれるのか?」
「通話を切られました」
「……あいつも短気だな。とにかく新庄んとこに行く」
 しばらく車を走らせると、小さな門があり、塀で囲まれた幾つかの家があった。