「上着は、今は脱いだほうがいいわね。向こうで着なさい」
「ありがとうございます」
 私はお礼を言ってから頭を上げると、急に距離を縮めてきて、キスをされた。
「大丈夫。勝てるわ」
「……」
「何がわかるの? って顔してるわね。根拠がなくても信じなさい。あなたは勝つ。それ、大事なことよ」
 よく理解できなかったが、私はうなずいた。
「行ってきます」
 私が先に立って階段を下りた。
「服、洗って返してね」
 私は小さく笑った。
 玄関の扉を開くと、新庄先生が手のひらをこちらに向けていた。
「ほらっ!」
 ハイタッチすると、私は勢いよく玄関を飛び出した。
 勝とう…… いや、私は勝つ。
 助手席に乗り込むと、鬼塚刑事が言った。
「顔つきがかわったな。ここに来るまでは後悔でいっぱい、って感じだったが」
 顔を見合わせた。
「いい顔になってる。戦う顔だ」
 車が門を出ると、緊急車両のランプを上に出すと、タイヤを鳴らして急加速を始めた。
「飛ばすぞ」
 
 
 
 〈鳥の巣〉のゲートを抜けて入ると、この前と同じように山咲刑事が車を待機させていた。
「おかえりなさい」
 鬼塚が体を折ってのぞき込むと、山咲がそう言って笑った。
「何度も悪いな」
 鬼塚はそう言って助手席に乗り込む。
 〈鳥の巣〉内では〈転送者〉の侵入口となる扉や蓋といったものは極力削除されている。
 コアが抜けられない極小のものや、セントラルデータセンター上層階を除いては。
 そんなことを思い出しながら後部座席に座る。
 やはり車の後ろにもドアはない。トランクの部分もそう。ボンネットもはずされている。
「短期間にセントラルデータセンターに二度も入るって、この|娘(こ)は何者なんですか?」
「すまない。何も言わずにつれて行ってくれ」
「上からの指示もあるから、連れてはいきます。行きますが……」
「……」
「……準備いいですか」
 鬼塚が振り返る。
 私はうなずく。
「行ってくれ」
 車が動き出す。
 破壊された街を過ぎると、かつての高速道路へ入る。この道は空港とその先のデータセンターまでつながっている。
「セントラルデータセンターですが、この前、軍が入った後、冷却層の温度が少し上がりはじめているようです」
「なにか、影響が出ているのか?」
「そこまではわかりませんが、〈転送者〉が出やすくなっているかもしれません」
「……以前聞いたことがある」
 高速で移動する車では、かなり大声を張らないといけない。
 私は流れる外の景色をみながら、体の上のシートベルトをぎゅっとつかんだ。
「冷却層の温度が影響するのは、セントラルデータセンター内の〈転送者〉の数だけではないらしい。周囲への広がりかたや、発生率にまで影響が出るそうだ」
「確かにそういう傾向があるのは聞いたことがあります。だとすると、この夏は怖いですね」
 そんな中でセントラルデータセンターで合宿をするというのか。
「そういう状況で再構築を進めている方が怖い」
「夏に百葉高校の合宿があるんです」
 鬼塚が聞き返す。
「なんだって?」
「合宿やるんです」
「ああ! なんかそんなことを聞きました。君の学校だったの?」
「大丈夫なんでしょうか?」
「聞いてなかったの? 結構ヤバいよ。警察には規制する権限はないんだけどね。何せ〈鳥の巣〉内は特区だから」