〈鳥の巣〉内は避難区域でもある。それなのに、〈某データセンタープロジェクト〉のために情報技術者が集められている。
避難区域に住むような感覚で働いている連中がいる。
『お前は合宿には出るな』
鬼塚が心に訴えかける。
『お前は〈転送者〉を呼び込んでしまう。合宿の他の連中を巻き込んでしまう』
けど…… 先生が、出るようにと。
『今日のようなことを繰り返したいのか』
したくはない。繰り返したくなんかない。
『今日、すべての決着がつけば別だが』
すべての決着?
『何もかもが、〈転送者〉の騒ぎが今日終わるのなら』
もしかして、私にそれが出来る、のだろうか。
そんな力が、私にあるのだろうか。
『白井、冷静になれ。今日は友達を取り返すことだけに集中しろ。たった一人の力で決着なんかつかない。つくのなら俺がやってやる。誰にも迷惑をかけないように』
そうだ。私に出来るのなら、もうとっくに鬼塚刑事がやっているだろう。
今日はマミ、マミを助けることだけを考えよう。
「なんか変だ」
山咲が叫んだ。
「天気がおかしい」
夜の空はどうなっているのかよく見えない。
ただ、セントラルデータセンターの方に稲妻が光った。
「降るぞ」
言い終わる前に、激しい雨が降り始めた。
先を走っていた車が急減速する。
避けようと山咲が急に車線変更を試みると、車の挙動がおかしくなる。
「マズイ」
鬼塚が言うと、車はスピンした。
車両のよこから雨が吹き込んでくる。
死ぬのか…… 一瞬、スピンしている車のなかで、ゆっくりとそんなことを考える。
一周回った後、車はよろよろと立ち直ったが、激しい衝撃を受ける。
「きゃっ!」
どうやら、後ろから追突されたようだった。
車両のフレームが歪んでいる。
まだ車は止まらない。
後ろでも激しい衝撃音と、ガラスの飛び散る音がする。
「玉突き事故だ」
「まさか自分が事故の先頭になるなんて」
山崎は路肩に車を寄せながら、悔しそうにハンドルを叩いた。
「それにしてもすごい雨だ」
「鬼塚刑事、すみませんが、この車両では送っていけません」
「まぁ、しかたない」
山咲にとってみれば、私と鬼塚刑事を載せてセントラルデータセンターに向かうことは、本来の業務ではないのだ。
なのに車両事故を起こしてしまえば、その処理を優先するのはしかたないことだった。
「後ろの事故の処理もありますから、歩いて行ってください。そんなに距離はないはずです」
私と鬼塚刑事はシートベルトを外すと、高速道路の路肩に立った。
「ここを外れたら、俺が運んでやるから心配するな」
「運ぶって」
「黙って俺に乗ればいい」
二人は、草の生えた路肩を上って、金網を乗り越えると、暗い林に入った。
鬼塚が、唸るような低い声を上げると、四つん這いになった。
そして…… 顔は虎に、手と足も虎そのものになっていた。
『乗れ』
私の心に直接言葉が聞こえてきた。
鬼塚刑事の背中にのると、膝で体を挟み、肩をつかんだ。
『行くぞ』
その言葉が伝わると、同時に咆哮があった。
林の中の道なき道を、走り始めた。
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