何も起こらない。
 廊下にあふれる程の〈転送者〉がこっちに向かってくる。目の前の〈転送者〉腕を振りかぶっている。
「倒れろ!」
 無意識に翼が広がった。
 黒い羽が幾つか飛び散る。
 突き出した腕から、閃光が走る。
 稲妻のような光は、E体のコア…… 〈転送者〉のコアを結ぶように、貫いていく。
 廊下にいたE体の動きがとまった。
 最初に貫かれた近くのE体から、順に黒い霧になり、消え去っていく。
「なんだ? 何をした」
 私は身体を支えられなくなって、その場に手をついた。
 そして、手でも支えきれなくなり、そのまま突っ伏した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 全身の力が抜けていく。
 倒れることも出来ない状態で、無理やり十キロの坂を全力で下っていったような……
 一切の筋力を使い果たしたような。
「どうした? 立てるか?」
 鬼塚の声も遠くに聞こえる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 私は首をふることも、手をふることもできなかった。
 鬼塚は二人を抱えたまま、廊下を進んでいった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 呼吸をするしか出来ない。
 全く力が戻ってこない。
 仰向けになろうと身体に力を入れると、背中や腕が拒否したように痛みが走る。
「どぉ、はぁ、して…… うご、はぁ、いて、はぁ、はぁ……」
 翼は勝手に身体に収まっている。
 息をするだけで精一杯で、次第に眠気が襲ってくる。
 ああ…… もうだめだ…… さすがにここで寝てしまったら、寒さと、やがてやってくる〈転送者〉のどちらかによって私は死んでしまうだろう。
 鬼塚刑事、マミを、マミを頼みます……
 
 
 
『……さっき質問したツインテールの子、声がババアですね』
 クラスが爆笑した。
 一人一人の笑う仕草が、スローモーションのように何度も自分に襲いかかってくる。
 そもそもクラスで目立つ方ではなかったのに。
 まさか、クラス全員に笑われるなんて……
『キミコ、気にしちゃだめよ』
『マミっ!』
 振り返ると、マミは水着をきていた。
 確か、佐津間が転校して来たとき、マミは入院していたんじゃ?
『キミコ、これを使って』
『ナックルダスター?』
 マミが手渡したのは、ピンク色の丸いものに、ケーブルがついている器具だった。
『マミ、これって……』
 言いかけてやめた。教室でそんな発言をしたら変態だと思われてしまう。
『ほら、私が見てるから、やって見せて』
『マミ、だってここ、教室だよ』
『大丈夫よ、ふたりきりだもの』
 確かにさっきまでいた、と思っていたクラスメイトが誰もいなくなっている。
 ……というか、場所自体、寮の部屋になっている。
『ほら、使い方分かる? 服は私が脱がしてあげる』
 マミが後ろに回って、制服のボタンを外してくれる。
 ブラに手を掛けて、首すじにキスをしてきたとき、私の乳首が反応した。
『マミ…… どうしたの? なんでこんなことするの?』
 まさかマミからこんなエッチなことを要求してくるなんて、何か変だ。
『キミコこそどうしたの? 大丈夫?』
 
 
 
「大丈夫ですか?」
 マミの声じゃない。
「えっ?」