亜夢は理解できていないようだったが、首をゆっくり縦にふった。
「もしかして、この|娘(こ)の服を買いにきたのね?」
「するどいわね」
「だって…… この制服…… (ヒカジョ)でしょ」
 みきちゃんは『ヒカジョ』だけ、聞こえないように小声でそう言った。
「えっ、なんでわかるんですか?」
「一応、アパレルの隅っこで仕事させてもらっているから」
 みきちゃん、は亜夢のスカートのすそを持ち上げてみたり、上着の裾や、布を触ったりした。
「もしかして、洋服として、特殊なんですか?」
「デザイナーの内田杏ってご存知?」
「知ってる知ってる、昔、低価格ブランドで有名になったけど、今はイタリアの高級ブランドでデザインしてるのよね」
「あんたには聞いてないんだけど、そうね。その内田杏。その娘がね。日本で暮らしていた時に、不眠症になっちゃって」
 亜夢の体が、ビクッと動いた。
 亜夢の表情が固まったように、真剣になる。
 その昔、都心暮らしだった亜夢も、不眠症で病院に行くと、そのまま判定機にかけられて家に戻ることなく、『非科学的潜在力女子学園』の寮に入れられたのだった。
 まるで自分のことを言われているようだった。
「で、病院に通っていると娘に(超能力)があることがわかるわけ」
 その瞬間、「えっ!」と清川は声を上げた。
「……」
 亜夢はおどろかなかった。
「で、娘は『非科学的潜在力女子学園』、ヒカジョね。ヒカジョに強制移送されるの」
「いつ頃の話ですか?」
「結構前よ。超能力の存在が知られ始めて、航空機や列車の乗り込む制限され始めたころだから」
「……」
 亜夢の顔は真剣な表情を崩さない。
「まあ、そういうことで、酷くショックを受けたらしんだけど、内田杏は娘に合いに何度も会いにいくわけね。そこで『ヒカジョ』の制服をみたわけ。ひどく田舎くさいというか、だっさい服だったらしいの。実際、制服があるんだか、ないんだかわからないぐらい、全員がバラバラだったらしいわ」
 みきちゃんが手を広げてお手上げ、というような表情をする。
「デザイナーである内田の親心として、そのヘンテコな恰好が一番かわいそうに思えたのね。だから、娘の学校のために制服を『タダで』デザインしたのよ。新聞やテレビでは一切話題にならなかったけど、ネットとかで話題になってた。デザインだけの安っぽいつくりじゃなくて、しっかり考えて作ってるって、たぶん娘の為、だからなのね。内田杏から、全員分の制服と、学校への寄付金まで入って。県や学校側は、相当びっくりしたらしいけどね」
「その内田杏の娘って、まだ学園にいるの?」
「いるわけないでしょ? 学園にいたってのは、結構昔の話よ。たぶん、娘も今は海外暮らしでしょ。この国じゃ超能力者は暮らしにくいもの」
 亜夢は飛行機も列車も乗れない超能力者がどうやって海外へ行き、そこで生活するのか興味があった。
「どうやって海外へ?」
「さすがに、どうやって連れ出したかまでは知らないけどね。海外じゃないかってうわさよ、噂。超能力者に自由が認められている先進国もあるし」
 みきちゃんは、清川と亜夢の肩を叩いて、店内を向かせた。
「ほら。うちで好きな服買って。すぐ着替えるといいわよ」
「おまけしてよね」
 三人は、店内を何周も回りながら、服を選んでいった。
 薄手の黒いジャケット、明るめのグレーのTシャツ、短いデニムのパンツ、ニーハイまでの黒ソックス。
 小さなテーブルに順に並べていく。
 清川がそれを重ねてみて言う。
「なにこれ、真っ黒じゃない」
「捜査するんだったら、黒の方がいいのよ。それにパンツもTシャツも、黒じゃないでしょ? ねぇ、乱橋ちゃん言ってやって」
「あのさ。無理やり金額を合わせるために、売れ残りをピックアップしたんじゃないでしょうね?」
「何ってるのアユちゃん。誓って売れ残りじゃないわよ」
「じゃあ、加山さん連れてこようか?」
「ひっ…… あの、それだけは……」
 みきちゃんは、頭を抱えてしゃがんでしまった。
「どうしたんですか?」