奈々が小声で言った。
 小林は慌てたように用具入れの扉を開けた。
「いない!」
「だからいないの。亜夢は今日は学園にいないの」
「うるさい! こっちにこい」
 小林は奈々の後ろで縛った手を強引に引っ張って、教室の外へ向かった。
 奈々は引っ張られ、後ろ向きに歩きながら、よろよろとついていった。
 残された生徒は、呆然とそれを見ているだけだった。
 声には出さず、テレパシーの交換が始まる。
『どうしよう!』
『誰か、小林の居場所わかる?』
『私は小林の視覚を感じれるわ。屋上。あいつと奈々は屋上にいる』
 テレパシーで複数の女生徒と交信しながら、アキナは助ける方法を考えた。
「警察は……」
 学校の外をみても、パトカーの姿はない。
『じゃ、あのサイレンは何だったの?』
『下のクラスの子がスマフォで鳴らしたみたい』
『あいつは、屋上は安全だと思っている』
『作戦がある』
 いくつものテレパシーが交わされるなか、その作戦が具体的に決定した。
 アキナが実行役になり、他のみんなはサポートに回ることになった。
 アキナは胸のあたりまである髪を後ろでまとめ、外側の窓に足をかけた。
「みんな、お願いね」
 そのままアキナは立ち上がり、窓の上の枠を掴んだ。
「アキナさん、危ない、いったい何を……」
 近くの生徒が、叫ぶ先生の口を慌てて抑えた。
 アキナはうなずき、足を曲げ伸ばしした。
 これからスカイダイビングでもするかのようだ。
 フロアは三階で、下はアスファルトの通路。飛び降りたらただでは済みそうにない。
「いくよ」
 小さい声でつぶやくと、アキナは勢いよく飛び出した。
 外、というより、上へ。
『お願い!』
『風! 風吹いて』
 アキナの足の力で飛び出した勢いが止まり、上昇も止まった時。
『お願い!』
 アキナは背中の方向へ空気を呼び寄せるように、強くイメージした。
 
「おい」
 手を縛られた奈々は振り返った。
「お前はどんな超能力が使えるんだ? 亜夢とかいう女なら、とっくにロープをほどいているはずだ」
 奈々は小林の目をみた。
「知らない」
「ふざけてんのか? この学校は超能力がある奴が入れられてんだぜ。何もないやつがいるわけねぇ」
「だから、知らないんだって」
「馬鹿にするなよ。ここは超能力者のみの学校だってのは知ってんだ」
 小林は奈々の襟を持って、首を絞めた。
「乱橋がいないってのもの嘘だろ。わかった。そういう嘘をつく超能力かなにかか。役に立たない奴だ」
「……」
 奈々は小林をにらんだ。
「くやしいなら、能力を言ってみろ」
「知らない」
 奈々は思い出していた。
 VRゴーグルを取ると、そこは何かの実験室のようだった。
 白衣を着た研究者風の男数名と、不眠の相談に通っていたお医者さん、そして、ここの学園長が座っていた。
『八重洲奈々くん、だね?』
 生年月日を問われ、答えると、白衣の男の人が銃のような器具をこちらに向けた。
『何をするんです!』
『怖がらなくていい。君の超能力を測定する装置だ』
 パソコンと接続すると、白衣の男が画面に顔を寄せ、声を上げた。
『おお…… まさか』
 研究者の一人が笑顔で近づいてくる。
『すごいね。君。私も何人も見ているけど、君みたいの初めてだ。次のテストをするよ。さっきはずしたばっかりだけど、もう一度VRゴーグルをつけてもらうよ』
 
「おい!」
 小林はいら立っていた。
「さっきパトカーの音がしたはずだよな?」
 確かにした。奈々もうなずいた。
 小林は屋上から門の方をみるが、パトカーが止まっている様子はない。
「どこに行った? 本当に警察くるのか?」
 小林は奈々の胸倉をつかんで大声で言った。
「だましたのか?」
 奈々は、強い衝動を感じた。