私は何度も呼んでいる。
 暖かくて、柔らかい。包んでくれて、癒してくれる。
 家の扉を引くと、そこに座っている母の姿が見えた。『ただいま』と言いかけると、お母さんは急に、伏せてしまう。何事か、と思って周りを見ると、そこは空港の通路だった。
『お母さん!』
『だめだ、キミコ。振り返るな』
『お母さん!』
『キミコ! 来るんだ』
 遠ざかる母親の姿……

「どうしましたキミコ?」
 目を開けると、オレーシャがそこにいた。
「えっ?」
「わたし疲れて寝てしまいました」
 昨日の晩、ずっと一緒だったということか。あのまま私も、オレーシャも寝てしまったのだ。それと同時に顔が熱くなってくるのを感じた。
「今、私なんて言ってました?」
「いいんですよ。誰でもお母さん思い出します」
 やっぱり声に出して言っていたのだ。
「ごめんなさい」
「私も寝てる時、実家の猫のこと、思い出して言います。内緒ですよ」
 オレーシャは微笑むと、ベッドを抜け出る。
「キミコは具合はどうですか? まだ具合悪ければ、寝ていていいです。私はシャワー浴びてきます」
「あっ、私も大丈夫……」
 体を起こそうとして、視界がふらっと揺れてしまう。
「大丈夫」
「一緒にシャワーいきますか?」
「はい」
 廊下に出ると、怖いくらいに静かだった。
 私がきょろきょろと回りを見ていると、オレーシャが言った。
「まだ生徒は一人もきていませんから」
 そうか、何か違和感を感じたのはそれなのか。生徒の話し声や大勢の人がいる雰囲気。普通に明るいのにそんなものを感じないから、変だ、と思ったのだ。
 オレーシャは急に真面目な顔で私の顔をじっと見る。
「シャワー、大丈夫?」
「?」
 うなずくだけで、何も答えられないでいると、オレーシャは笑った。
「それなら良かった」
 私はシャワーを浴び、ツインテールを解いて髪を洗った。
 シャワーを終えると、ドライヤーで髪を乾かしてから、鏡に向かってツインテールに戻す。
 同じように鏡に向かってオレーシャが言う。
「その髪型、いつもしているの?」
「はい」
「なぜ」
 オレーシャは長い髪をタオルで梳くようにして乾かしながら、ちらっと、こっちを見た。
「……」
「どうしたの?」
「ごめんなさい」
 空港でいなくなった友達。
 追いかけようとすると、父に引き留められる。
「ごめんなさい、という意味が、難しいです」
 忘れかけていく|美琴(みこと)の笑顔。
 ……そうだ、美琴。
 美琴を再会した時、美琴が私を見て、|私(きみこ)だとわかるように、ツインテールにしているのだ。
「……言えません」
「そうか、いいたくない、ということね。わかったわ」
 納得したようにうなずいた。
 某システムダウンの日、空港でなくしたもの。母、友達、普通の体。
 父は私が前の学校にいた時に再婚した。私はその義母のやさしさに耐え切れなくなって、全寮制の百葉高校へ転校した。父と義母との暮らしを失ったが、百葉高校で得るものもあった。同じように肉体改造された鬼塚刑事、新庄先生、そしてなにより同部屋だった木更津マミとの出会いだ。