「亜夢ね。おぼえたわ。よろしく、亜夢」
 右手を差し伸べてくる。
 白くて、細くて、綺麗な指。
 亜夢は手を出していいのか躊躇する。
「?」
「みゆ、どうしたの?」
 通りの方に止まっている、黒い車のガラスが下がる。
「みゆ、ここにはあまり止めておけないのよ?」
 亜夢は慌てて手を出して握手する。
「亜夢、ごめん。今日はこれで。またね!」
 見かけ通りのやわらかい指。ちょんと触れて少しだけ上下に振った、一瞬の握手だったが、亜夢はぼーっとしてしまった。
 手を振りながら道路に止まっていた黒い車に乗り込む。
 運転手がそのドアを閉め、運転手が乗り込む。
 こっち側の窓から美優が顔を出していう。
「またね!」
 車がゆっくり動き出す。
「……またね、みゆ!」
 動いていく車に向かって、亜夢はかろうじてそれだけ言えた。
「(なんだろう…… あの|娘(こ)、なんなんだろう……)」
 亜夢は胸に手を当て、びっくりしたような表情をしていた。
 そしてしばらく車が去った方向をみつめて立っていた。
 亜夢は、大通りの反対車線から視線を感じた。
 大型のアメリカンバイク。黒い半帽のヘルメット。大きくて真っ黒いサングラス。黒いフェイスマスクで表情は何もわからない。
 サングラスの奥の瞳が見えないため、顔の方向的には亜夢の方を見ているような、見ていないようにも思える。
 亜夢が見ていることに気付いたのか、またがっていた人物はエンジンをかけた。
 ものすごい爆音。通りを歩いている人々もびっくりしたようにバイクに振り向いた。
 そして、その爆音をとぎらせずに走り去ってしまった。
 亜夢は思い出したようにスマフォで時間を見ると、ゆっくりとホテルの方へ歩き始める。
「もうこんな時間」
  
 亜夢はホテルの部屋に戻ると、干渉波キャンセラーをしていたせいか、そのまま寝てしまっていた。
 寝返りをしているうちに頭からキャンセラーが外れると、直接頭に入ってくるノイズで亜夢は目を覚ます。
「うぁっ…… またやっちゃった……」
 目をつぶったまま、手探りでキャンセラーを頭に付け戻す。
 ようやく脳に静寂が戻ると、お腹が鳴った。
「……腹減った」
 まくら近くにおいてあったスマフォを見ると、夕食をとってもいいくらいの時間だった。 
『プルプルプル……』
 突然鳴り響く音に、亜夢は慌てて音源を探した。
 テーブルの上にある電話機だった。
 とっていいものか悩んだが、清川のことを思い出して、受話器をとった。
『フロントです。清川様というお方がお会いしたいとのことですが……』
「あ、はい、どちらですか?」
『お部屋に伺いたい、とおっしゃってますが。お部屋をお伝えしてよろしいですか?』
「……今、フロントですか? こちらから向かう、と伝えてください」
 亜夢は受話器を置くと、靴を履き替えてフロントへ下りた。
 亜夢が左右を見渡していると、手を振る女性がいた。
「亜夢ちゃん、こっち」
「(そうだった)」
 続けてつぶやく。
「(勤務終わってるから、|化粧(メイク)が違うんだっけ……)」
 ロビーのソファーに近づくと、清川は亜夢の持っていたキーを手で触り、
「何号室?」
 と聞いた。
「あっ、ごめんなさい」
 亜夢はキーについてるプレートを隠した。
「えっ、部屋番号ぐらいいいじゃない? どうせ加山さんに聞けば分かるんだし」
「あっ、そうです…… けど……」
 亜夢は目を伏せた。
「さっきは遊び行ってもいいって言ってくれたのに」
「うんと、けど、ちょっと、あの」
「部屋番号、教えてくれる?」
 亜夢は清川の視線をそらした。
 ロビーの天井を見たり、反対側の壁をみたりしながら「えっと、あの」と言葉をつないだ。
「あっ、そうだ。私の下着、間違えて持って帰ったとか、そういう話ありませんか? もう二つもなくなっているんです」
「……う~ん、あれっきり何も反応ないわね。署の女性は皆あの書き込み見ているはずだけど」
「そうですか」