昨晩はメラニーの運転する車で家に送ってもらって帰った。
 母は『特別なお客様』のヘアメイクで、帰ってきたのは真琴より遅かった。
 出欠がとられたが、品川さんは予想通り欠席していた。真琴も特に頭痛がでることもなく、坦々と授業がすすんでいった。 
 特筆する出来事もないまま、その日の授業は終り、放課後になっていた。
 結局、今日、薫と真琴は、どこかで話し合うという事にはならず、いつものように一緒に駅まで歩き、電車に乗って帰る雰囲気になっていた。
 校内を駅方向に歩きながら、真琴は言った。
「明日、品川さんが来てから直接確かめるしかないか」
「もう一度、接触するってことですね。確かにヒカリは何時来るか判りませんし」
「でも、どうやって接触するか、って結構難しいよね?」
 少し考えただけでは、不自然過ぎるようなアイディアしか浮ばない。とりあえず、それが不自然でも口に出せば何かアイディアが浮かぶかもしれない、と真琴は思った。
「こうやってパッて手を握るとか?」
「ヘッ?」
 薫は急に手を握られて、変な声を上げた。
 手を離すと、こんどは後ろに回り、手で目隠しをして
「だーれだ、とか?」
 真琴の手をとった薫は
「えっえっ??」
 真琴は、また薫の横に来た。
 薫は少しにやけた顔を見られないように、真琴とは逆方向を見ながら答えた。
「不自然過ぎます…さらに言えば恋人同士ではないんですから、って感じです」
「そう考えると、最初に言った『握手』はまだマシだね」
「熱がある感じがするから、ちょっとおでこ触ってみて、とかはどうですか?」
 と、言っておいて、試しに真琴がそれを自分にしてくれないか、と薫は願った。
「…何か忘れてきて、品川さん貸して! ありがとう! とか言って手を握ってしまうとか」
「もちろんおでこ同士を合せるなどは以ての外ですが…」
 以ての外、だけど、私と真琴の関係なら出来るよね、と薫は思った。
「どう? 元気になった? イェーイ、でハイタッチとか」
「…」
「手の大きさを比べてみようか? あ、意外と大きいね、品川さん、とか」
「…」
「あれ取って、とか言われて同時に反応して、手が触れちゃう、とか」
「…」
 薫は無視されているのかな、とか、品川のことをそんなに考えている真琴を見たりして、気分が激しく落ち込んだ。
「薫? どうしたの」
 薫はうつむいた。時折、目頭を抑えるような仕草をした。
「なんでもないの」
「…」
 真琴はこういう時、無理に追求しない方が良いことを知っていた。自分の行動が薫を泣かせているのは間違いなかったが、薫の気持が判らないのに、いきなり謝るのも事態を悪化させる。
 真琴は、そこに触れるのをやめた。
「薫、ボクはどうやったら良いと思う?」
「…そうですね」
 薫は鼻声になっていた。ハンカチで少し鼻を抑えてから
「私も考えておきます」
「ありがと」
 電車を待つ間、そして電車で席に座っても、二人の間に会話という会話はなかった。
 翌朝、駅の端から三番目の柱のところで、真琴が待っていると、薫がやってきて言った。
「おはよう」
 真琴も『おはよう』と返したが、いつもと違って少し気まずい感じがあった。
「昨日はごめんなさい」
「ボクもなんか一方的に喋ってたみたいだし」
「そんなことはいいの。私が勝手に怒ってしまっただけのことなの」
 薫は、鞄を床に置き、長い髪をリボンで纏め始めた。
「それより真琴は、今日、品川さんが登校してきたら、昨日話していたようにやってみないと」
 纏め終ると、鞄をまた手に持ちなおし、次発電車の待ち列に並んだ。
 真琴も一緒に並ぶと、通学用バックパックを足元に下して電車を待った。
 電車は普段と変らず満員で、二人の周りは女子生徒ばかりだった。
 いつものように、何か揺れる度に真琴の方に頼ってきている気がした。
 薫は具合でも悪いのか、昨日よりフラフラしている。
「大丈夫? 薫… !」
 真琴は大きく揺れるカーブで、倒れ掛けた薫を右手で引きよせた。
「ありがとう」
 そう言った薫の声に、真琴はいつもと違うものを感じた。すこし声がうわずっていたのかもしれない。いつもより声が小さかったのかもしれない。何れにせよ、その声に真琴は戸惑い、引き寄せた手を離すことが躊躇われた。
 結局、そこから堂本の駅につくまでの間、薫をずっと離せなかった。
 満員電車でなければ、何か騒ぎになっていたかも、と真琴は思った。顔が火照っているような気がした。
 駅を出たところで、急に
「ありがとう」
 と、薫が言った。 
「ボクが勝手にしただけだよ。なんか薫を離せないな、って思って」
 いつもよりフラフラしていたし、声が違う気がしたせいだ、と真琴は思った。
 真琴は薫の顔をまともに見れなかったが、少し微笑んでくれた気がした。