私は廊下を指さして言った。
「先生が追いかけていた、さっきの人影はどうなったんです?」
「……ああ。見失った。理科室の扉を入っていたところまでは見たんだが、理科室のどこにもいなかったし、出て行ってもいないようだった。以上だ。では、授業を始める」
「……」
 無言で座席に座った。
 コアが言った通りあの不自然な人影が〈転送者〉だとすれば、扉を開いてそこから向こう側へ帰ることも可能だ。扉から向こうへ帰ったのであれば、佐藤が探しても見つかるわけがない。
 もし〈転送者〉だったとして、何をしようとしているのだろう。コアは扉の支配者がテストをしているのでは、と言っていた。
「テストねぇ……」
「白井。『テストねえ』ってなんだ。テストがしたいのか?」
「い、いえ。なんでもありません。独り言です。テストはしたくありません」
 クラスの中に乾いた笑いが生じた。
 私は恥ずかしくてうつむいた。



 次の日は、校内放送がかかって、いきなり最初の授業から自習になった。
 私達のクラスだけではなく、今日は全学年の授業が止まっていた。
「何があったんだろう」
 生徒には何も情報がなかったが、学校に何かが起こっているのは間違いなかった。
「思ったんだけど、今日、警備員、増えてた」
「鶴田、お前、普段警備員が何人いるとか知ってんのか?」
「挨拶するからな。顔は覚えてんだ」
「白井、警備員が増えてるんだって」
 ガンッ、と私は佐津間の足を踏んだ。
「いてっ、なんだよ、白井。鶴田が言ったことを伝えただけだろ」
「伝えなくても聞こえてるわよ」
 私は新庄先生へ|思念波(テレパシー)で問いかけた。
『何があったんです?』
 答えがなかった。
 廊下を眺めていると、スッと人影が通りすぎた。
「!」
 立ち上がって、その方から感じる何かを考えた。
「白井?」
 佐津間の呼びかけを無視し、目を閉じて考えを集中させた。
 何か…… ある。呼びかけているような、何か。
「佐津間…… お願いがあるんだけど」
 自習中の作業を佐津間に任せ、私は教室の外に出た。
 クラスの他の連中が騒ぎかけたが、木場田が一喝すると、騒ぎが治まった。
「(ごめん)」
 そう言って教室の扉を閉めると、通り過ぎた影の方へ走った。
 廊下には警備員がいるわけでも先生がいるわけでもなかった。
 ましてや生徒もいない。
 耳をすませていると、走っているような、歩いているような音が聞こえてくる。
「……」
 階段にでると、音が混乱した。
「(どっち)」
 下のフロアからは先生方が職員室から出てくるおとが聞こえる。
 それなら、上。
 階段を音を立てないよう静かに上がり、左右廊下を見回す。
「(いた!)」