「俺の顔に何かついてるか?」
「……いえ」
「ゲシュタルト崩壊ってやつか?」
「?」
「いや、なんでもない。熱い抱擁はこれで終わりかな? さあ、教室に戻ろう」
 佐藤先生はそう言って歩き出した。
 歩きながら私は佐藤先生の後ろ姿をじっと見つめた。

「転校生を紹介する」
 いつもの儀式が始まった。
「まずは自己紹介してもらおうかな。名前と好きなこととか」
 教壇の前に手招きすると、北島がゆっくりとやってくる。
「ほら、これに書いてみて」
 佐藤がタブレットを渡す。そこにペンでササッと書き込むと、クラス全員のタブレットにそれが配信される。
「北島アリス」
「きたじまありす」
「アリスカタカナなの?」
 本人は何も口にしていない。クラス全員がざわついていた。
 佐藤がタブレットを受け取ってから言った。
「そうだった。北島くんはまだ、よくしゃべれない。この国の言葉はこれから本学で勉強するんだ」
「ええ~ そうは見ない」
「どこの言葉なら話せるの? 私英語なら質問できるよ」
「見えるだろ、いかにもハーフじゃん」
「先生、いつもの質問コーナーはどうすんの?」
「アリス、部活どうするの、バスケ部入ってよバスケ部」
「勝手にしゃべるな」
 佐藤が言うと、アリスが先生のタブレット指さした。佐藤はそれに反応して北島に手渡す。
 ササッとペンで書き込む。
 クラス全員、各々のタブレットを注視して静かになる。
「書き文字なら出来る」
「うそ? 書く方が難しくね?」
「じゃあ、書いてみようかな」
 興味を持った何人かがタブレットに書き込み始めた。
 アリスもタブレットをせわしなく操作して、何かを書き込み始めた。
「えっ『バスケってなに』だって
「『父も母もこの国の人です』って、ほら、ハーフでもなんでもないんじゃん」
「『聞き取りはできるから、話しかけてもOK』なんだって」
 私はタブレットに『いったいどこからきたの?』と書き込んだ。
『あなたの知らない国から』
 間髪を入れずに返す。
『知らなくてもいいから国名を書いて』
『なんて書くのかわからない』
 地球の地図を張り付けて、『場所はどこ。塗りつぶして』と入れる。
 アリスは『地図ではわからない』と書き込んでくる。
 私はタブレットを叩いて立ち上がる。
「ふざけないでよ。あんた|何者(なにもん)なの?」
 アリスの回答を読み上げ、ざわついていたクラスが一気に静かになった。
「どうした、白井。席に座れ」
 その時、誰かがタブレットを使ってアリスに『ババア声』と書いて送った。
 アリスが何か操作していると、先生のタブレットが読み上げた。
「ババアごえ。ババアごえとはおばさんのようなこえのこと」