「すみませんでした」
 私は深くおじぎをして救急隊員に謝った。
 事情を話していた隊員以外は、一切口を開かぬまま立ち去っていった。
 救急車の音が小さく消えていくと、私はようやく頭を上げた。
「アリス……」
 私は食事を済ませ、一息ついていると、正面に市川先輩がやってきた。
「白井さん、ご存知?」
 市川先輩は立ったまま、私を見つめていた。一瞬、眼鏡の縁が光ったような気がした。
 私はなにはともかく立ち上がり、市川先輩と私の間で、何かあっただろうか。懸命に思い出そうとするが、なにも浮かばない。頭をさげる。
「ごめんなさい。なんのことでしょう」
「知らないのね。部屋が換ったのよ」
「えっ? 私、元の部屋に戻れるんですか?」
 私は冷静を保とうとしたが、声が上ずっていた。
「ふん。うれしそうにするじゃない。元に戻れたのかは知らないわ。荷物は部屋の外に出しておいたから。勝手に取って行って。私に声かけなくていいから」
 結局、市川先輩と同室になったが、荷物を段ボールから出すことがないまま、部屋を変わることになってしまった。先輩は、胸の前で腕を組んだ。胸の感じから、さらしは巻いたままのようだった。
「部屋は別になっても、副会長秘書は解任していないから」
 背筋を正すとともに、そこに冷気が流れ込んだような気がした。
 まだ諦めていない、まだあなたの秘密は握っているのよ、と無言の圧力をかけられている気がした。
「は、はい」
「……」
 市川先輩はそのまま立ち去って行った。
 先輩の姿が完全に見えなくなってから、私は小さくガッツポーズをした。
「(よかったね)」
 横に座っていたマミが小声でそう言った。
「(うん、ろくにお風呂にも入れなかったしね)」
 向かいのチアキが言った。
「で、部屋はどこになったの?」
「いや、それはまだ」
「タブレットとかにメールとか入ってないの?」
 カバンからタブレットを取り出すと、メッセージが入っていた。オレーシャからのもので、部屋割りについて、と書いてある。
「あっ、来てた」
「どれみせて」
 私はテーブルにタブレットを出すと、メッセージを開いた。
「……」
 メッセージに書いてある内容はわかるが、なぜそうなったのか意味が分からなかった。
「先輩二人を移動して、北島アリスと公子が同室になるみたいね」
「わざわざ一室空けて、そこに移動させたってことみたいね。なんでそこまでして?」
 マミが言った通りだ。 
 わざわざ北島アリスとの同部屋にしている。全室が二人部屋になっているのだから、一人移動させて私とアリスを入れて三人部屋とするならまだしも、二人も移動させてそこにアリスと私を移動させる意図はなんなのだ。
「っていうか、アリスはどこ行ったのよ」
 チアキがそう言った。
「そうだよね。思い出した」
 私はチアキの顔を見て、天井を見た。
「寮内にいるとすれば……」