亜夢は大きく息を吐いてから、決断したように口を結んで坂に飛び込んでいく。極力足を突かないように、最小限の左右移動で下りていく。
 今度こそ……
 落ちるように加速する亜夢が、ゆっくりと障害物を避けて進むハツエの後ろ姿を捉えた。
「あむねえちゃん!」
「あっ……」
 ハツエの姿を気にし過ぎた亜夢は、正面にある木の幹に気が付かなかった。
「避けきれ……」
 避けきれない。亜夢は手を顔の前に出して、木の幹と顔の間のクッションにしようとした。
「バカ!」
 ハツエが叫ぶと、亜夢の体が一瞬で幹を回避して止まる。
『心が恐怖で支配され、超能力が使えないのか』
 亜夢は目を開いた。現実ではない暗闇の空間で、光に包まれた浮いているハツエと、同じように光に包まれている亜夢がいた。
 ハツエの姿は、子供のその姿そのままだった。
『プレッシャーがかかった状態で力が使えないと、取り返しのつかないことになるぞ』
『はい』
『亜夢、覚えておきなさい。非科学的潜在力を持つものがすべて今のお前ような反応を示すわけではない。怒りや恐怖を感じた時、でたらめに超能力を使うものもいる。木を破壊し、山を消し去っても自分が助かろうとする輩だ。そんな相手と出会ったら、お前は確実に|殺(や)られるだろう』
 亜夢は頭を下げた。
『その時はやられてもしかたありません』
『そのような輩に|殺(や)られてもいいじゃと? それは間違っている。そんな輩を野放しにしてはいかん。亜夢も、こころを正しく保つことで、そんな時にも|超能力(ちから)を使えるようになる』
『……』
 ハツエが宙を浮きながら近づいてきて、亜夢のおでこにキスをした。
『目を開けるんじゃ』
 亜夢が目を開くと、さっきいた坂の途中ではなく、ハツエの家の前の平らな場所に立っていた。
「あむのなかの、こわいきもちがなくなるまで、きゅうけいにするね」



「おねえちゃん、なにもかも忘れて遊んできてね」
 ハツエが言うと、美優はにっこりと微笑んで返事をした。
「はい」
 奈々も微笑んで、手を振った。
「行ってきまーす」
 奈々は少々緊張していた。美優と二人きり、という状況が怖かったのだ。奈々と美優は亜夢を通じての友達だったし、美優は転校してきてから日が浅い。亜夢やアキナとはちがって、二人きりになったり、話したりという機会が圧倒的に少なかった。
「……」
 何かを話そうとして、意気込んでしまい、頭の中が真っ白になった。
「どうしたの?」
 美優が振り返って奈々に話しかけた。
「あっ、な、なんでもない」
 しまった…… と奈々は思った。もっと上手に切り返せれば、ここから話が出来たのに。
「何考えてるんだろうね」
「えっ? いや、どうだろう」
「?」
 美優は立ち止まった。
「ハツエのことだよ。海で遊んで来い、だなんて。そんなことで|精神制御(マインドコントロール)に対抗できるようになるのかしら」
「あっ、それね。それ、私も考えてたんだ。どうやって? って」
「どうやって? って言うのはないでしょ。泳いだり、砂浜でお城作ったりさ。浮き輪でプカプカ浮かんでたっていいじゃない。二人だから面白くないかもしれないけど、ビーチバレーとか。貝殻拾いとか……」
 奈々は苦笑いした。
「そ、そんなに遊ぶこと思いついちゃうんだ」