女の子は急に胸を押さえ、苦しみ始めた。
「キミコ?」
 女の子の体が少し震えているように見えた。
「……」
 私はまた椅子や机の影を移動した。
「鴨川(かもがわ)美琴(みこと)は…… 鴨川美琴は私の名前」
「えっ?」
 言ってから、慌てて口を手で押さえた。
 まさか、この女の子が…… 私が探していた友達、鴨川美琴?
 そうだ、もう記憶のどこにも美琴の姿はない。この女の子が『私は鴨川美琴』と言えば、そうかもしれない、と考えるしかない。この子は、私の記憶を知っていて、騙そうとしているのだ。
「そこにいるのね……」
 移動の途中で、不意に声を出してしまったせいで、位置を知られてしまった。
 走り出せば、まだ逃げれる距離だった。
 それなのに、私は逃げることが出来なかった。
「美琴、私よ。私」
 隠れていたソファーの後ろから飛び出し、女の子の目の前に立った。
 そして、両手で髪を引っ張り、ツインテールが分かるように見せた。
「美琴、私を覚えていない?」
「ぐぁっ……」
 女の子はまるで私がまぶしいかのように手をかざして、顔を覆った。
 まぶしがる一方で、こちらを見たいのか、手や指の隙間から懸命にこちらを覗こうとしている。
「ねぇ、美琴、私、私よ。公子。公子だよ」
 私がそう言うと、女の子は後ずさり始めた。
「知らない…… そんな記憶は…… ない……」
 私の記憶にも、この女の子が美琴だという決め手はない。
 ただ、なんとなくそうではないか、そうであって欲しいという希望があった。
「うわぁぁぁ」
 女の子は手で激しく自分の顔を叩き始めた。
「知らない、お前なんか知らない…… 私は空港で…… 空港で死ん……」
「しん?」
 〈転送者〉がゆっくりと追いついてきた。
 一階にいた〈転送者〉だけでなく、上のフロアにいたものもついてきていた。
 私はいつの間にか周りを〈転送者〉に囲まれていた。
 ここでは私は翼を使えない。飛び立つには天井が低すぎる。
 五体の〈転送者〉の隙が目の前にあった。しかし、そこを女の子が塞いだ。
「私は死んだの。キメラになることで、私は生きながらえた。私がキメラになった後、キミコと刑事の男と女教師がキメラにされていったわ」
「……」
「そう。先に死んでいたのよ。麻酔が効かなかったわけじゃない。真っ先にキメラとして生まれ変わっていたのよ」
 女の子は顔から手を放した。
 白目が黒く見えるほど充血している。
「あなたが、キミコ…… そう、そんなツインテールだった」
 〈転送者〉が一斉に腕を引いた。
 次の瞬間、〈転送者〉の中心にいる私に向かって、突き出されるはずだ。
「やめなさい!」
 〈転送者〉の腕が止まった。
 私のところに女の子…… 鴨川美琴、が駆け寄った。
「(私の後ろに乗って)」