小さい声で囁く。
 私は慌てて飛び乗ると、美琴はそのままターンして〈転送者〉の隙間から飛び出した。 
 〈転送者〉が怒ったように集団でこちらに向かってくるが、天井にぶつかり、通路の幅も狭いせいか思うように追ってこれない。
 こちらもこちらで態勢を低く保たねばあちこちにぶつかってしまう。
 蹄の音や、後ろの〈転送者〉の騒音のせいで、私は叫ぶ。
「なぜ助けるの?」
「ヤメて…… わからないの」
 美琴は耳を塞いだ。
 私達は、再び高い天井のホールに出てきた。
「降りて…… お願い……」
 降りると、彼女の前に回った。
「空港には私の両親と、あなたの両親がいたわ。一緒に旅行をして、帰ってきたところだったはず。あなたはピンク色で文字が書かれた、黒いキャップをかぶっていて、私はこんな髪型だった」
 耳をふさいだままの美琴は、今度は目を閉じた。
「もう思い出せない。あの時、死んでいた時間が長すぎたのかも…… もう私は美琴じゃないのよ」
 うつむいて苦しんでいるような表情が、段々怒りの表情に変わってくる。
「お願い。もう私はあの時の私じゃないから」
 頬の欠陥が浮き出ると、同時に、体中の筋肉が膨れ上がっていく。
「ダメだ…… もう、耐えられ、ない」
 塞いでいた耳から手を離し、拳を握り込んで、天井を見上げる。
「うおぉぉぉ」
 野太い声がホールにひびきわたる。
 私は反射的に後ろに飛び退いた。
「私は〈扉〉の支配者に救ってもらった。このキメラの体でいることを、許してもらった……」
「?」
「だから、もう戻れない。あなたのお友達には帰れない」
「美琴!」
「チ、ガ、ウ!」
 そう言って上体を跳ね上げた後、全速力でぶつかってくる。
 横に避けてかわすと、美琴は勢い余って走り続けた。
「コロス!」
 膨れ上がった筋肉で、来ていた服も避けてしまった。
 女子とは思えない体つきになった美琴は、怒りの表情のまま固まってしまった。
 何度も「コロス!」と繰り返し叫び、私に襲い掛かってくる。
「やめて。戦う気はないの。お願い、美琴」
「コロス! コロス! オマエヲコロス!」
 ホールで追いかけっこをしているうちに、〈転送者〉がホールにつながる通路にやってきた。
「……」
 通路からホールに出られたらマズい。私は〈転送者〉が身動きできない通路にいるうちに対応することを選択した。
 美琴の突進をすれすれでかわして、通路へ向かう。
 爪をむき出しにして、飛び出してこようとする〈転送者〉にカウンターの一撃を浴びせる。
 コアを蹴り抜かれた〈転送者〉が黒い霧のように変化して消えていく。
「次!」
 壁を蹴り、天井を蹴って次の〈転送者〉に爪を振り下ろす。狭い通路で避けることもままならない〈転送者〉ははなすすべもなくコアを抜かれる。
「マテ」
 残りの〈転送者〉がホールに向かうの足を止めた時、後ろから美琴に呼び止められる。
「オマエハワタシガコロス」
 このままでは〈転送者〉と挟み撃ちにされてしまう。私は〈転送者〉の破壊を諦め、ホールに逃げ戻る判断を下す。