「このかた?」
 俺の目の前にいた警察官が返事をして、場所をあけると、スーツのおじさんが来て警察のものだ、と言った。
「影山くんだね? 今回の件で少し話を聞きたいのだそうだ」
 すると、後ろをついてきていた女性が俺の前に立った。
 肌が透き通るように白く、髪は胸元あたりまであり、少し内向きにカールしていた。女性は警官とは違う上等そうなジャケットとスカートをまとっている。
 目鼻立ちは整っていて、モデルだ、芸能人だ、と言われれば信じてしまうような雰囲気だった。
 その女性はスーツのおじさんに耳打ちした。
 すると、周りにいた警察官が散っていき、最後におじさんもいなくなった。
 俺の目の前にその女性が一人立っている、という状況になった。
「あなたが、店長を取り押さえたんですって?」
「え?」
「……もしかして、記憶ないかな?」
 俺は手の平に包丁が貫通した瞬間、意識がなくなっていたのだ。店長を取り押さえることなんて出来ないだろう。いややったかもしれないけれど、そこから先は一切憶えがないのだ。一年以上前の記憶がないのと同じような感覚だ……
「そう」
 女性は俺の手を握ってきた。
 手のひらや甲に、何か傷がないかを確かめるように指で押したりなでたりしている。
「ここに包丁が刺さった、って言ってたわね」
「聞いてたんですか」
 女性はうなずいた。
「もしそれが本当だったとしたら。これは直ったとかそういうレベルじゃないわね」
「お、俺が嘘ついてるって、そういうことですか? ウソなんかついてないです。あなた、精神科医かなにかですか? 俺がなんかしたって思ってるんですか?」
 女性は首を振った。
「心配しないで。私は嘘だとは思ってないから。それと……」
 そして、上着のポケットからメモ帳を取り出し、何か書き込むとピッと破って俺の手に握らせた。
「なんですか?」
「しー」
 女性はそのまま軽く手を振って去っていってしまった。



 三日前の、その事件が俺にとって最悪だったのは、最初のバイト代が出る直前に起こったことだった。
 店長が警察に捕まってしまった事で、バイト代の支払い手続きをする人間がいなくなってしまったのだ。いや、正確にはいるのだろうが、支払いが遅延しているのだ。
 学生の俺は、いや、計画性のない俺は、というべきか。その入金がないと飯が食えない状況だった。
 とにかく誰かに金を借りてでも飯を食うべきだったが、残念なことに夏休みのせいで金を貸してくれたり、飯をおごってくれる友はいなかった。
 こんな事件後だと、普通ならショックでバイトなどできない気分だったが、生きていくため、俺はとにかく次のバイトに就かなければならなかった。
 時間が遅いせいか、あたりはすっかり暗くなっており、街には、食べ物の良い匂いが溢れていた。
「ここか……」
 空いた腹をおさえながら、スマフォが指し示したビルを見上げた。
 俺は新しいバイトの面接に来ていた。
 このバイトを知ったきっかけは居酒屋の事件で、女性に手渡されたメモだった。
 このバイトが良かったのは、バイト代が高い点もだが、俺にとっては契約時に手付金があることだった。
 今思えば、そこで気づくべきだった。『そんなに美味い話はない』と。
「うわっ、列になってら」
 やっぱり前金が出る高額バイトには人が集まってくる。