俺は老人に突っつかれて車を降りた。
 老人は後部座席の扉を開けて、お嬢様が降りるのを待っていた。
 初めは黒いガラスで見えなかったが、スッと白い姿が立ち上がった。
 女性の来ている服は黒かったが、外に見えている顔や胸元、手足の肌は白く、透明感があった。
 髪は胸元まで伸びていて、内向きにすこしカールしている。
 居酒屋に来たあの女性だ。服は違っていたが、感じられる雰囲気が俺にそう言っていた。
 車から離れると、老人が車の扉を閉じた。
 見つめていると、女性と目があった。
『あなたがバイトの男』
 まるで耳が聞いているのではなく、直接脳が言葉を受け取ったように思えた。
 俺は首を振り耳のあたりを触ったが、何故そんな風に感じたのか分からなかった。
「どうかしましたか?」
「はい、いや、いいえ」
「お名前は」
「えっと……」
「ああ、失礼しました。わたくしは|冴島(さえじま)|麗子(れいこ)ともうします」
「|影山(かげやま)|醍醐(だいご)です」
「……かげやま」
「どうかしましたか?」
「いえ、別に」
 そう言うと冴島さんの表情が戻った。 
「どくらい食べてないの?」
「み、三日」 
 その言葉に、クスッと笑った。
 俺は腹を立てるかわりに、その笑顔に惚れてしまった。
 老人が戻ってきて、先にオートドアを開けて入っていく。
「ここでごちそうするわ」
 どうやらここはホテルらしかった。大した知識がない俺でも、このホテルの名前には覚えがある。
 奥に進むと、VIP専用のエレベータに案内され、レストランのフロアへ一気に上がることが出来た。
 予約になっているエリアへと進むと、窓際の席に案内され、俺は冴島さんの正面に座った。
「なんでも好きなものを食べてください」
「……」
 給仕に手渡されたメニューには見たことも食べたこともないような名前の料理が並んでいた。
 俺は腹が減っていて、考えたり、悩んでいる暇がないので、とにかく肉とごはんを持ってきてくれるように頼んだ。
「ふふふ……」
 冴島さんが笑った。
「気に入ったわ」
「……」
 何が気に入られたのかは分からなかった。
 ただ、たったそれだけの言葉で俺はのぼせ上った。もしかしたら、俺はいま、猛烈にモテるのかもしれない。この金持ちで美人のおねぇさんに気に入られたのだ。この前の居酒屋のバイトだって、店長がとんでもなかった以外は由恵ちゃんと上手くいきそうだったのだ。年齢イコール彼女いない歴の俺にも、春が訪れたのだ。と、そんな妄想を始めていた。
 しばらくすると、再び空腹が強くなってきて、妄想をかき消した。
 冴島さんの方には順番に料理が運ばれてきていたが、俺の前には”おひつ”と塊の肉がやってきた。
 俺は、自分でお茶碗にご飯をよそると、給仕の人に肉を何枚か切ってもらった。
「まだ切りますか」
 俺は口に肉を入れながら、指を三本立てた。
 何回か、そんなやり取りがあった後、冴島さんが呆れた顔をして俺に言った。